Q. 自分では新規事業のアイデアに確信がありますが、
外部メンターや上司、役員からの理解が得られません。
皆の意見を取り入れなければならないのでしょうか?
押し通すべきか、調整すべきか悩んでいます。
✔︎ 自信があるのに、理解されない──この孤独は誰にでもある
✔︎ 強く主張するほど、組織では味方を失いやすい構造がある
✔︎ 押し通すより、「負けない構造」をつくる方が前に進める
「正しさ」の主張は、孤立を招く
新規事業に挑むと、必ずと言っていいほど直面するのが「孤独」だ。自分の仮説に確信を持っているのに、メンターや上司、役員がまったく理解してくれない──このギャップに悩み、孤立感を抱える担当者は多い。だが、ここで声を荒げても、事態は悪化するばかりだ。
自分の正しさを強く信じ、声高に主張することは、一見するとリーダーシップのようにも見える。しかし、組織という文脈においては、その姿勢がかえって味方を遠ざける。社内にはそれぞれの部門や立場ごとに異なる「正しさ」があるため、一方的な主張は衝突を生み、協力を得にくくなる。
孫子はこう語る。「善く戦う者は、人を致して人に致されず」。つまり、自分の意思で相手を動かし、自分は動かされない者こそが、優れた戦い手であると。社内で我を通すのではなく、相手の文脈に耳を傾け、対話を通じて共感を得る。その姿勢が、結果的に推進力を引き寄せ、「負けない状態」を築いていくのだ。
勝ちたい意志が、視野を曇らせる
「勝ちに行く」という姿勢は、しばしば思考を硬直させる。自分の仮説や方向性に固執することで、都合の良い情報ばかりを集め、耳の痛い反論や予兆的な変化に気づけなくなる。これが確証バイアスの罠であり、柔軟性を奪い、結果として失敗を引き寄せる要因となる。
孫子は言う。「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む」。先に勝てる条件を整えてから動くのが勝者であり、勢いで戦いを始めてから勝とうとするのは敗者のやり方だ。つまり、まず“負けない構造”を組み立て、確信が持てるまでは拡大しない。それが戦略的な慎重さであり、強さの証である。
現場でアイデアを形にする際も、「今、どこでリスクが起きうるか」を先に洗い出し、「それを避けた上でできる挑戦は何か?」という問いからスタートすべきだ。勝ち筋よりも、負け筋を潰す。これが、組織の中で生き残るための賢いアプローチである。
小さく始めて、大きく育てる
成果を急いで大きく構えれば、その分リスクも跳ね上がる。だが、本当に強い戦略とは、無駄な戦いを避け、戦わずして目的を達することにある。
孫子はこう説く。「百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」。最初から勝とうとするのではなく、最小限の規模で始め、手応えを確かめながら育てていく。リソースを抑え、スピードを担保しながら、成果が成果を呼ぶ構造をつくる。その積み重ねが、いつのまにか大きなスケールに変わっていく。
「小さく始めて、大きく育てる」──これは消極策ではない。最も静かで、力強い勝ち方なのだ。
共感を起点に「負けない構造」をつくる
新規事業を推進する上で最も重要なのは、「周囲を敵に回さないこと」だ。いくら構想が優れていても、社内の応援や協力を失ってしまえば、実現の確率は限りなくゼロに近づく。だからこそ、最初の一歩としてやるべきは、“勝とうとする”のではなく“理解を得る”ことである。
意見が違っても、対話の姿勢を持ち続けること。メンターや役員の懸念を一度受け止め、そこに潜む“本質的な問い”を探ること。それによって、自分自身の仮説が研ぎ澄まされ、より負けにくい構造へと変わっていく。
結果として、それは「勝つ」ための最短距離にもなっているのだ。誤解や摩擦を避けながら、着実に共感を育てていく──それが、組織内イノベーターの生存戦略なのである。
「自分の正しさを押し通す」のではなく、「負けない構造を設計する」こと。それこそが、理解されない時代にも、前に進み続けるための鉄則である。“共感を起点に、戦わずして勝つ”。そのための技術と姿勢を、僕らはもっと磨いていかなければならない。
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