Q. 新規事業に取り組むメンバーに
越境経験を促したいのですが、
単なる多様な体験で終わらず、
本当に意味のある“気づき”を得てもらうには
どうすればいいですか?
また、そのような越境の重要性を
経営層にどう伝えればいいのでしょうか?
✔︎ 越境は“他の世界”から自分の構造を捉え直す唯一の手段である
✔︎ 自分の文脈が壊れる体験が、「問い」と「ビジョン」を生む
✔︎ 経営層には「事業創出に資するプロセス」として越境の成果を示せ
新規事業の源泉は、“他の世界”にしか存在しない
新規事業とは、既存事業の延長線ではない“違う回路”から生まれるものだ。日々の業務や日常的な視野のなかで、どれだけひねってもイノベーションの種は見つからない。なぜなら、日常とは既に最適化された世界であり、その延長線上では「正解らしきもの」に囚われるからだ。
イノベーションの起点となるのは、「他の世界」だ。異なる業界、異なる立場、異なる文化──そこに飛び込んだとき、初めて「いま自分が属している構造」の特異性が見えてくる。他者の視点で自分の当たり前を見る。越境とは、自己相対化のプロセスであり、それによってしか“壊せない前提”がある。
つまり、越境とは単なる知識の多様化や経験の広がりではない。それは「構造的な問いを手に入れる唯一の方法」であり、イノベーションの思考が生まれる起点なのだ。
越境とは、自分の“文脈”を壊す旅である
越境とは、知らない世界に飛び込み、違う価値観、違う言葉、違う行動様式に出会うことだ。その瞬間、人は強制的に“自己の前提”に直面させられる。普段なら意識せずやっていた判断が通じない。言葉が通じない。常識が通じない。その“ズレ”に直面したとき、「なぜ自分はそう思ったのか?」という問いが立ち上がる。
この問いこそが、新しい問いを生む土壌であり、「なぜ私たちはこうするのが当たり前だと思っていたのか?」という根本的な構造への問い直しが可能になる。そこからしか、非連続な発想や新しいビジョンは生まれない。
越境とは、異文化を知ることではない。異文化に巻き込まれ、自分が持っていた価値観や判断基準を揺さぶられること。そして、その揺さぶりを経て、自分の思考・行動を“再構築”すること。これが越境の本質である。
越境は“経験の多様化”ではない、“構造の再構成”である
よく、「異業種交流会に行ってきました」「海外に視察に行きました」といった越境活動が行われるが、それだけでは不十分だ。越境とは「刺激」ではなく、「文脈の違い」に出会うことだ。つまり、自分の価値観が通用しない状況に立たされ、自分の“当たり前”が壊れるような経験こそが本質だ。
さらに言えば、越境の目的は情報収集ではない。知らない世界を“知る”のではなく、“自分の世界を捉え直す”ために他者の文脈に触れるのだ。そうした解体と再構築の繰り返しによって、新規事業を生むに足る思考の筋力がついていく。
越境とは、「異文化に踏み込み、仮説をぶつけ、自分の前提を壊して帰ってくる」という知的運動なのである。
越境とは“問いとビジョン”を生むための思考実験である
イノベーションを生む人は、常に「自分の思考を疑う」視点を持っている。そしてそれを可能にするのが越境だ。ムーンショットなビジョンは、日常からは生まれない。井の中の蛙が月の存在を知るには、井戸の外を見上げなければならない。越境とは、その“月”を見つけにいくための知的な旅である。
越境した先では、「なんでこの人たちはこう考えるんだろう?」「なんでこの世界ではこれが常識なんだろう?」という違和感が次々に生まれる。そしてその違和感を、自分の文脈にアナロジーとして持ち帰る。別の業界で常識となっている構造が、自社の業界における問いのヒントになる。
「違う構造を持つ世界」に触れ、「自分たちの構造」を解体する──この視点こそが、新しい事業の問いを生み、未来の当たり前を設計する起点となる。
上層部には“戦略に資する越境”として伝えるべき
とはいえ、越境はしばしば「遊び」に見られてしまう。「俺たちの稼いだ金で外で遊ぶのか」と言われるのも、現場で越境を支援している立場なら耳が痛いほど聞いたはずだ。
だからこそ、経営層に越境の意義を伝えるには、“遊び”ではなく“戦略に資するプロセス”として語る必要がある。単に「人材育成のため」「視野を広げるため」といった抽象的な説明ではなく、「越境によって、事業アイデア創出→マーケット仮説構築→事業戦略立案というプロセスがなされた」と明確に伝えるべきだ。
具体的には、越境した先で得られた体験やヒアリング内容を起点に、どんな仮説が立てられたのか。その仮説がどうピボットされたのか。そして、その越境体験がどのように戦略的意思決定に貢献したのか──これらを“成果としての証拠”として提示する。
越境とは、「見えなかったマーケットを可視化し、ビジョンを描くための投資」であることを、証拠と共に伝えよう。
組織として越境を“仕組み化”せよ
個人がどれだけ越境しても、それを組織の力に変換できなければ意味がない。越境とは“習慣”であり、“文化”である。つまり、個人任せではなく、「行動パターン」として定着させる必要がある。
たとえば、「ライトニングトーク制度を導入する」「社外での出会いや学びをSlackで共有するチャンネルをつくる」「プロジェクトチームに社外人材を必ず一人入れる」──こうした越境を“制度として織り込む”ことで、チーム全体に越境思考が波及していく。
越境とは、個人の努力ではなく、組織の設計によって文化となる。だからこそ、イノベーション文化を根づかせたいなら、まず最初に“越境の仕組み化”から始めるべきなのだ。
越境は“育成”ではない。“戦略”である
新規事業を担う人材に越境を勧めるとき、多くは「育成」や「学び」の一環として捉えられてしまう。だが、越境は“育成”ではない。越境とは、新規事業の「問いを見つけるための戦略的アクション」であり、マーケットを知り、自社のポジショニングを見出すための行為である。
「異なる世界」を知ることで、自社の強みと弱みが相対的に見えてくる。既存事業の常識が通じない構造を知り、そこに介入できる“新しい当たり前”を描く。その全プロセスが、新規事業における戦略立案であり、越境とはそのための手段なのだ。
越境は、問いを見つけるための“思想”である
最後に。越境とは、ただ「動くこと」ではない。それは「問いを生むこと」であり、「自分の世界の外に、まだ見ぬ当たり前がある」という思想そのものだ。
その思想を持ち、習慣化され、組織全体が「問いを見つける文化」に包まれたとき、そこにイノベーションは必ず芽吹く。
越境は、あらゆる問いの原点であり、イノベーション文化の出発点だ。だからこそ、越境は組織の最初の設計に組み込まれなければならない。新しい事業は、新しい問いからしか始まらないのだから。の熱量でもない。仕組みと習慣と継続。その積み重ねの中でしか、文化はつくられない。
📖 イノベーション・プロセスの入門書
超・実践! 事業を創出・構築・加速させる
『グランドデザイン大全』
- #01:グランドデザインとは?
📖 イノベーションに挑むマインドセット(連載中)
『BELIEF』
根拠のない自信が未来を切り拓く
📺 最新セミナー動画
- 脱・フレームワーク症候群〜形式より成果に集中して事業創出を〜
- 事業創出と商品開発の違い〜新しいビジネスモデルを考える~
- イケてる事業アイデアの創出:実践編 〜具体的なツール、量、期間、判断基準〜
- 事業アイデアは「閃く」もの 〜インプットの量が、良質なアイデアへと繋がる
- 事業プロジェクトの判断基準
- 事業創出の「文化醸成」〜みんながチャレンジしたくなる制度作りとは?〜
- 新規事業は、顧客の「不」から始めてはいけない
- 新規事業プロジェクトの最適な役割分担とは?
- イケてるアイデアは「越境」から始まる
- 外部メンターの”上手な”選び方
- ビジネスコンテスト運営会社の”うまい”選び方、使い方、切り替え方
- 年度残予算を来期に活かす上手な使い方
📺 新規事業Q&A動画
📝 お薦めコラム
- デザイン思考だからといって、アイデアを顧客起点で必ず考える必要はない
- イノベーションは「自責」によってしか成し得ない
- 目的は「イノベーションを成し、世界をより良くする」こと。それ以上でも以下でもない
- 新規事業は「やる気のある無能」がぶち壊す
- 新規事業に取り組むなら、社会課題は解決しようとしてはいけない
- デザイン思考は、イノベーションの万能薬ではない
📕 新規事業Q&Aコラム
- 「越境」の重要性をメンバーや経営層にどう理解してもらうか?
- イノベーティブなマインドセットを、どう文化醸成するか?
- 経営層が理解してくれなくても、うまく回すには?
- リアリティある事業計画って、どう作る?
- ビジネスモデルって、そこまで詳しくなる必要ある?
- 現場に入れないとき、どうやって“現場視点”を持つ?
- N=1の熱狂に、どこまで賭けるべきか?
- ビジネスモデルはどこから考える?
- ビジコンで「大玉」を見極めるには?
- 顧客インタビューで“都合のいい答え”ばかり拾ってしまうとき、どうすればいい?
- 新価値創出と自社ケイパビリティはどう結びつける?
- 「デザイン思考」って結局何なの?
📝 最新コラム
- 失敗は、未来の成功のための学びの場
- イノベーションのためのビジネスデザイン:視野を広げ、経験から学ぶ
- イノベーションとは知性主義に対する、反知性主義の逆襲である
- イノベーションは、Z世代と共に、未来を創る
- 自主性と挑戦を促す「問いかけ」がイノベーティブな文化を創る
- 経営は「新規事業ウォッシュ」をやめ、本気で取り組まねばならない
- 新規事業推進に必要なのは「説得」ではなく、「納得」を得るための「対話」である
- モノづくりに、サービスデザイン、ビジネスデザイン、システムデザインを加えた四輪がイノベーションを加速する
- 世界をより良くするためにこそ、ルールに従わない自由を強く意識すべきだ
- 出島戦略を採るべき理由:既存事業と新規事業は分かり合えないことを前提に、組織を構築する