Q. 新規事業の企画を通そうとすると、
よく「前例がないからリスクが高い」と言われます。
でも、そもそも前例があるなら新規じゃないはず。
なぜこんなに“前例”が重視されるのでしょうか?
✔︎ 組織とは“再現性”を担保するための構造であるため、既存事業では前例を重視することは理解できる
✔︎ イノベーションとは本質的には“再現性の外側”に挑む営みである
✔︎ 新規事業に挑むなればこそ「前例」を超える情熱が問われる
組織は「再現性」そのものである
大企業とは、過去にうまくいった成功体験を、標準化し、最適化し、再現可能にすることで大きく成長してきた存在である。だからこそ、意思決定の基準も「過去に似た例があるかどうか」に偏りやすい。
過去の成功体験をもとに、未来は予測可能であるという前提に立ち、だからこそ予測した未来に対して計画を立て、その計画を分割した各KPIに基づいて縦割り組織を作り、計画を達成するための手段としてのKPIを目的化し、その達成に全力を注ぐ。
「前例がない」とは、「想定されるリスクや対応策が見えていない」ということ。だから組織にとっては、恐怖でしかないのだ。組織の本質は成功体験に基づいた“安定供給”にあるから。
常に予測可能性を高め、ミスを減らし、そのために重箱の隅をつつき、成果のばらつきを減らすことにインセンティブが働く。その意味では「前例主義」はむしろ合理的ですらある。
だが、それは“既存事業”の話なのだ。再現性の中で回る世界においては、前例は最強の意思決定指針である。しかし“新規事業”とは、「再現性のない世界に、一歩踏み出す営み」に他ならない。
「前例がない」は、感情であり、組織の防衛本能
「前例がないからやめよう」という発言の本質は、合理的ではない。むしろ組織の無意識的な“拒絶反応”に近い。それは「知らないものは怖い」「前に失敗したら自分の責任になるかもしれない」といった、防衛本能から来ている。
このとき、表面上はロジカルな言葉が使われる。「解像度が低い」「ROIが不透明」「顧客ニーズが不明確」……。しかし、根本にあるのは“感情”なのだ。それに対して、ロジックで抗っても対話の意味を為さない。相手はロジックを語っているようで、心で恐れているのだから。
だからこそ、新規事業担当者がやるべきことは、ロジックで論破することではなく、「感情に寄り添い、構造で支える」ことが必要になる。
「前例の壁」を超えるための2つのアプローチ
1つ目は、“前例の代替となる構造”を示すことだ。たとえば、「まだ国内では前例がないが、海外では◯◯社が成功している」といった横展開の構造である。あるいは、「実証実験でこの数字が出ている」「このターゲットに対してこの行動が見られている」という、限定的な再現性を示す。
2つ目は、“情熱によって前例のなさを乗り越える”ことだ。前例のない領域においては、仮説の強度や構想の美しさだけでなく、「この人になら任せてもいい」と思わせる信頼が必要になる。その信頼を引き寄せるためのストーリーを解像度高く語り、共感をうみ、共鳴を引き起こせるか。それが未踏の領域に進むリーダーの資質だ。
「このままでは、10年後に必ず競争優位を失う。だから今やらなければならない」──そう言い切れる強さと信念、そして仮説検証の結果に根拠をおいた”確信”こそが、前例のない未来を現実に変える原動力となる。
組織を変えるのではなく、“構造”を変えよ
新規事業の担当者はしばしば「組織を変えたい」という衝動に駆られることがある。しかし、それは極めて困難である。なぜなら、大企業の“組織”は、単なる”人の集まり”ではなく“構造”そのものだからだ。
そこで必要になってくる、もう1つのアプローチがある。真正面から素直に体当たりをすることではなく、構造を“騙す”ことにある。たとえば、予算の出所を変える、別会社として立てる、他部門を巻き込まずにスモールに始める──こうした構造的な工夫によって、「前例がないから通らない」という構造自体を避けよう。
前例主義を乗り越えるためには、「人」を説得するのではなく、「構造」をデザインする視点が求められる。組織の“正面突破”ではなく、“側道”から攻めよう。これもまた、新規事業における戦術のひとつだ。
前例なき道に、次の10年が眠っている
「前例がないからこそ、やる意味がある」──そう言うのは簡単だが、実行するには圧倒的な準備と情熱が必要だ。感情に寄り添い、構造を設計し、仮説を磨き、検証を行い、再現性に確信を持って、種を蒔き続ける。それが、前例なき領域に挑む者の矜持である。
だから恐れるな。「前例がない」とは、「その未来を自分が最初に創る」ということに意志を持って突き進むことなのだ。
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