Q. スケールする事業を創るには、
下ごしらえとして
未来社会を見据えたビジョンを
定義することが必要ですか?
✔︎ スケールする事業の前提は、「社会の変化とともに広がる構造」にある
✔︎ 未来のあるべき姿から逆算することで、ニーズの“芽”を捉えられる
✔︎ ビジョンは“下ごしらえ”ではなく、“未来を引き寄せるための構造”である
スケールする事業とは「構造」が変わるときに生まれる
スケーラブルな事業──つまり時間や地理的な制約を超えて、大きく成長する事業には、ある共通点がある。それは「社会の構造そのものが変化するタイミングで生まれている」ことだ。
スマートフォンの普及、SNSの台頭、ライドシェアの社会的受容。こうした変化の波に乗ったビジネスは、技術力以上に「構造変化の本質」を見抜いたからこそスケールした。
この構造を見抜く力の源泉が、「未来を見る力」、つまりビジョンである。未来社会の姿を思い描ける人間だけが、その未来に求められる新しい価値を、前倒しでつくることができる。
ビジョンは“正解”ではなく“確信”である
ここで言うビジョンとは、「社会がこう変わるはずだ」「未来はこうなるべきだ」という意思と確信である。未来において人々の価値観がどう変化し、生活がどう変わり、何が新しい“当たり前”になるのか──それを描くことがビジョンだ。
それは予測ではなく、提案に近い。たとえ不確かでも、自分たちが信じる未来に意志を込めること。それがあるからこそ、世の中の小さな兆しに気づけるし、いま起きている行動や変化の“前触れ”としての意味を捉えられる。
未来の“正解”を当てにいくのではなく、自分たちが“信じられる未来”を掲げ、そこに賛同してくれる仲間や顧客を集めていく。ビジョンとは、未来に向かって人と組織を巻き込むための“磁場”である。
荒唐無稽なビジョンが、スケールの種になる
ビジョンは例えば「家賃を無料にする賃貸」のように、一見したら荒唐無稽で実現不可能と思えるものを掲げる。いわゆるムーンショットなものだ。
ムーンショットとは、困難で莫大な費用がかかるが、実現すれば社会に大きなインパクトを与える野心的な目標を指す。ジョン・F・ケネディが掲げた「1960年代が終わるまでに人類を月に送る」という言葉のように。
荒唐無稽なビジョンがあるからこそ、そこに向かう道筋にはクリエイティビティが必要になる。単なる改善案では届かない。だからこそ、イノベーティブな発想が生まれる。ビジョンとは「正気の世界における狂気の種」であり、それこそが未来を変える力になる。
ビジョンがあるから、“芽”を見つけられる
スケールする事業のアイデアは、未来から現在を見つめたときに見つかる。なぜなら、未来のあるべき姿が描けているからこそ、いま目の前にある「未整備の余白」や「違和感」に敏感になれるからだ。
「すべての人が家賃が無料で暮らせるようにする」というビジョンがあれば、「いま、なぜ人は家賃を払って家を借りているのか?」という問いが立つ。その問いを持って観察すれば、既存の賃貸ビジネスの事業構造のメタ的理解、賃貸だからこそのサービスの不備や不満、日常の中にある家に求めることの構造的理解、無意識の選択行動の偏り──そういったものが目に入りやすくなる。
ビジョンがあると、未来と今のギャップが見える。そのギャップの中に、まだ誰も拾えていない“ニーズの芽”が埋まっている。
ビジョンがなければ、小さな一歩も評価されない
新規事業は「小さく始めて大きく育てる」が鉄則である。しかしビジョンがないと、その一歩目は“矮小なプラン”にしか見えない。
経営層に「これが我が社の未来を切り拓く一歩だ」と理解してもらうには、事業プランではなく“ビジョン”を語らなければならない。未来をどうしたいのか、その未来がなぜ必要なのか。そこに対話の軸を移すことで、小さなPoCも「探索の一環」として前向きに受け止められるようになる。
ビジョンが共有されていれば、一歩目の失敗も「次にどう活かすか」の糧になる。つまり、前に進み続ける“意志”を組織に灯すには、ビジョンの存在が不可欠なのだ。
スケールとは「ビジネスを外に拡張すること」
そもそも、スケールという言葉は曖昧に使われがちだ。一定程度社内で統一の定義をして使わなければならない。
グロースとは、今ある事業を成長させること。スケールとは、その事業を“外に拡張すること”だ。具体的には、チャネル強化によるスケールアップ、海外展開・横展開・フランチャイズなどによるスケールアウト。
つまり、ビジネスモデルとして構築された“方程式”の外側に、新たな顧客や市場、領域を切り拓いていくこと。それこそがスケールだ。
人は感情で動く。だからビジョンにはストーリーが必要だ
理性では前に進めないのが、新規事業だ。なぜなら、証拠がないから。確率も読めないから。リスクが高すぎるから。
人を動かすのは、エヴィデンスではなく感情だ。よく「人間は象使いと象に例えられる」と言う。象使いが理性、象が感情。どれだけ理性で説明されても、象が暴れ出したら止められない。つまり、心が動かなければ、人は動かない。
だからこそ、ビジョンにはストーリーが必要なのだ。第1話から丁寧に積み上げたドラマが最終話で感動を生むように、ビジョンもまた、原体験や顧客との出会い、そこから生まれた問いや想いとともに語られるべきである。
ビジョンだけを語っても、誰も動かない。背景、意味、プロセス、仲間、未来。それらすべてを物語として語ることが、新規事業における最大の説得力になる。
ビジョンは“下ごしらえ”ではない。それ自体が武器になる
「ビジョンを立てるのは、まずやるべきことの整理でしょ?」と思っているなら、それは誤解だ。
ビジョンは“準備”ではない。それ自体が、顧客に意味を届ける武器であり、仲間を巻き込む磁場であり、ステークホルダーを動かすエネルギーだ。
スケールしたいのであれば、未来を語ろう。世界をどう変えたいのかを、誰よりも自分が信じよう。
ビジョンは、未来を引き寄せる構造そのものである。
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