✔︎ 目標設定や多角的な視点の考慮など、計画立案は、イノベーションの成功への道を照らす重要なステップ
✔︎ デザイン思考の初期段階でビジネスを考えなくて良いということはあり得ない
✔︎ 事業計画を作るプロセスは、単なる数字の操作ではなく、事業のシミュレーションであり、ゴールへの道筋を描くための重要な手段だ
「計画に価値はないが、計画立案には価値がある」は、ドワイト・アイゼンハワーの言葉だ。米国の元大統領であり、第二次世界大戦中の連合国遠征軍最高司令官として知られる。
彼がノルマンディー上陸作戦の計画責任者であったことをふまえれば、目標設定、多角的な視点の考慮、バイアスへの疑問、行動計画の設計、潜在的な障害の特定といった計画立案のプロセスの重要性を深く理解していたことは頷ける。
そして、彼は、計画を練ること自体が、成功への道を照らすプロセスであると信じていたということがこの言葉からよくわかる。
デザイン思考と事業計画の誤解
デザイン思考の初期段階では、「ビジネスを考えなくていい」というアドバイスがしばしば聞かれる。デザイン思考原理主義者がよく言葉にする。
これは誤解を招くものだ。確かに「デザイン思考」というプロセスにおいては、顧客に徹底的に向き合うことが重要であるのは確かで、ビジネスは最後の結論として辿り着くものであって、極力余計な考えを排除して顧客と向き合うことが重要であるというは間違っていない。
しかし、それをイノベーションを起こすプロセスの1つの手段として活用するのならば話は別だ。デザイン思考主義者は宗教家であって、イノベーションの実践家ではない。宗教家の嘘に騙されてはいけない。
イノベーションのゴールには当然ビジネスの成立も含まれる。ゴールを見据えずにゴールに辿り着くことなどできるだろうか。
ビジネスを検討せずに行う顧客インタビューなどは、見知らぬ街でゴールがどこにあるかわからずにマラソンをスタートするようなものだ。偶然運良くゴールに辿り着けることもあるかもしれないが、それは宝くじを買うよりも確率は低いだろう。
事業計画とは「取らぬ狸の皮算用」ではない
ビジネスを考えることを「取らぬ狸の皮算用」よろしく、単にExcelをいじってP/Lを作るだけのこととして捉えているのであれば、確かにそれは初期段階では不要だ。
エヴィデンスが何も集まっていない段階でそれをやったとて、それは鉛筆を舐めたにすぎず、なんの判断基準にもならない。
それを眺めて「事業規模が足りない」なんていってくる上司がいたら、イノベーションのことを理解していない証拠だろう。だったらとりあえず、テキトーに規模が出るExcelを作って提出するだけすればいい。
だからといってやらなくていいわけではないのだ。初期フェーズで事業計画を書く意味をしっかりと考えよう。
事業計画とは「ゴールを見据える」こと
デザイン思考の初期段階でも、ゴールを見据えることは重要だ。このアイデアの行き着く先が、誰にどのような価値を提供して、そこにはどんなステークホルダーがどう関わっていて、どうやってお金を取るのか。
顧客に向き合うといっても、最終受益者だけに向き合っていては、全体像は見えてこない。最終受益者だけに向き合っているだけで、その最終受益者の課題を解決して、幸せにすることなど到底できないのだ。
いうまでもなく、人間は社会の中で生きている。最終受益者は彼らだけで生きているわけではなく、その課題は様々なステークホルダーとの関係性の中に存在している。家族だったり、同僚だったり、バリューチェーンだったり、と。だからこそ「顧客と向き合う」だけではいけないのだ。それだけでは課題は解決されない。
最終的に「どんな世界を創るのか」「どんな社会を創るのか」という全体像から描いていくことが必要だ。まずゴールを描き、そこから逆算することがイノベーションなのだ。ゴールも描かずにデザイン思考などと嘯いても、何の価値も創出はできない。
事業計画とは「ゴールへ辿り着く道筋を描く」こと
また事業計画を書くというプロセスそのものがイノベーションには重要となる。
事業計画を作ることは、単に数字をいじることではなく、事業をシミュレーションすることなのだ。実際にどのように事業を成り立たせるかを想定しながら描くことで、事業の解像度をより高めていくことができる。
成功のあるべき姿、失敗のリスクやコストなどの道のりを理解し、チーム全員に共有することができる。潜在的な障害を特定し、改善点を詳らかにし、より明確な方向性を描き、チーム全員が同じ方向を向くようにすることができる。
アイゼンハワーの教訓は、今日のビジネス環境においても変わらぬ価値を持つ。計画立案を行うことで、イノベーションに挑むリーダーは不確実な未来に向けて、より確かな一歩を踏み出すことができるのだ。