Q. 社内のビジネスコンテストは
毎年盛り上がるものの、
本格的な新規事業に結実することは少ない。
なぜほとんどの会社で、
ビジネスコンテストから
事業が生まれていないのだろうか?
✔︎ ボトムアップのアイデアは、必然的にレッドオーシャンに突撃する
✔︎ 職業メンターは、起案者を笑顔で「死の谷」へ送り込む
✔︎ 事務局の「ごっこ遊び」が、日本の新規事業を5年遅らせたと自覚せよ
現場発想の「顕在的課題」の先はレッドオーシャンしかない
ビジネスコンテストは本来、ボトムアップでのアイデア公募である。現場は当然のことながら、現場の気づきからアイデアを応募する。これは一見素晴らしく見えるが、実はその多くが「カイゼン型」アイデアに過ぎない。つまり、既存業務の延長線上で、効率を高めたり、課題を減らしたりする発想である。
さらに問題なのは、事業経験のない現場の担当者は、「顕在的な課題」にアプローチしようとすることだ。その先に行き着くのは、レッドオーシャン。すでに多くのプレイヤーが群雄割拠していて勝ち筋が薄いか、すでに多くの挑戦者がビジネス化を断念し死んでいって勝ち筋がないかのいずれかである。
もちろんそれに価値がないわけではない。そこから突破口を拓くために仮説検証を積み重ねる中で、良いアイデアに辿り着くこともあるし、既存事業のまさに「カイゼン」に辿り着くこともある。
しかし、新規事業に求められるのは”未来を創る力”だ。顧客の声を聞くだけでは、その顧客も気づいていない「本当の課題=インサイト」には辿り着けない。勝ち筋を見出すために必要なのがインサイトである。まだ誰も気づいていないか、気づいても既存のプレイヤーには実現が難しい大きな壁があるもの。そこに辿り着けばイノベーションは起こせる。そこに辿り着かなければイノベーションは起こせない。
顧客は「もっと速い馬が欲しい」と言うだろうが、それだけに耳を傾けていたら「自動車」は生まれないのだ。
片手間イベントから、本気の事業は生まれない
多くのビジコンは、年に一度の”イベント”として開催される。つまり、日常業務とは切り離された”お祭り”であり、本気度や継続性に欠ける。応募する側も準備に十分な時間を割けないため、仮説の解像度が浅く、実行に耐える設計にはなっていない。
結果、選ばれた案も「なんとなく面白そう」なものが上位に来ることが多く、顧客インタビューやプロトタイプ検証などの”泥臭い工程”が抜け落ちる。アイデアが採択されても、その後の道筋が曖昧なまま、数ヶ月で自然消滅するケースは枚挙に暇がない。
新規事業に必要なのは「地図」だ。感覚だけで登山を始めては、どんな優秀な登山者も遭難する。仮説を設計し、行動をガイドする”地図”を描く力こそ、社内ビジコンには決定的に欠けている。
失敗経験なきメンターが起案者を谷底へ導く
最近では、社内ビジコンにメンターをつける会社も増えている。しかしその多くは、ビジネス経験の浅い”職業メンター”であり、実行フェーズでの壁に対処できない。
事業創出経験のない、もしくは少ない「職業メンター」は、教科書に則ったメンタリングしかできない。職業メンターは、教科書通りに「課題から始める」ことだけしかチェックできないため、起案者の案にインサイトがなくても、前に進むことを後押ししてしまう。
「いいねいいね」といいながら、起案者とともに小躍りしながら死の谷へと飛び込んでいっている。それに気づいていない「職業メンター」が世の中には多い。教科書通りのことしか言わない「職業メンター」や、「メンターの学校」のようなところで学んだ人間に、正しいメンタリングなどできないのだ。
新規事業は、単なる思考実験ではなく”血の通った泥臭い営み”である。それゆえ、起案者に必要な伴走者は「シェルパ」だ。実行と失敗を繰り返してきた人が必要なのだ。特に「多くの失敗をした経験」がなければ、教科書にはない、問題集にはない、ウェットなアドバイスをすることはできない。
プロジェクトが迷走したときに、適切な問いを投げかけ、チームを前に進めるナビゲーターでなければ意味がない。ときに”優しさ”ではなく”覚悟”を突きつける存在が必要なのだ。
ビジコン受託屋は構造上、安い職業メンターしか雇えない
ビジコン受託屋は、自社の利益率を引き上げるためには、「職業メンター」を揃えざるを得ないことを理解しよう。
事業経験が豊富な人は、必然的に高単価になる。それよりもまず、メンターを職業とするよりも、プレイヤーとしてビジョン実現に邁進している。事業経験が豊富で、わざわざ「メンター」を職業とする人は、ほとんどいないのだ。金銭的にも、心理的にも、インセンティブがない。
だから、事業経験がほとんどなく、プレイヤーとしてやり切ることから逃げた、単価の低い人たちが「職業メンター」へとなっていく。そして、ビジコン受託屋は、ビジネス構造上そういう人たちを集めざるを得ない。
事業創出に外部メンターは必要不可欠なものだ。事業経験が豊富な人など、社内に存在しない。社内では、3〜4回程度の経験が限界だろう。幅広い事業に対応できるメンターには、10回以上の事業創出経験が必要だ。
どんなアイデアも、ビジネスにするには何が足りなくて、どんな行動をすべきで、どんなピボットの可能性が選択肢としてあるかを提示する「ビジネスプロデュース力」がないと、ビジネスを創出することはできない。
だからメンターの選定も、受託屋に丸投げするのではなく、1人1人をしっかりと選定するぐらいの本気度で挑まなければならない。
事務局の本気度不足が「ごっこ遊び地獄」から抜け出せなくしている
ビジネスコンテストには、事務局の本気度合いが必要不可欠だ。もちろんそれがあれば成功するものではないが、それがなければ成功はし得ない。多くの企業でただのお祭り騒ぎのごっこイベントで終わっているのは、事務局が本気でビジコンに向き合っていないからである。
事務局が本気でなく、適当に受託屋を選び、そこには職業メンターしかいないから、起案者を路頭に迷わせるか、明後日の方向にしか進めさせることができていない。
そもそも本気で新規事業の創出を狙うなら、ビジネスコンテストは明らかに確度の低い取り組みだ。ビジネスコンテストは人材育成や文化醸成のために取り組むべきもので、事業創出のためにはまた別の取り組みが必要である。
本気で事務局が取り組んでいれば、その答えに2年もすれば辿り着く。そして、そのために制度や体制のバージョンアップを図る。3年以上も同じ制度を、同じ受託会社とともに取り組んでいるのであれば、それは事務局に本気度が足りない証拠だ。
結果的に、ビジネスが生まれない「ごっこ遊び」に見えるし、実際にビジネスが創出されることはない。そして経営層が結果と表層だけを評価して、新規事業をやる意味がないという判断を下す。
日本の大企業の新規事業が、ここ5年で足踏みをしたのは、本気度合いの低い事務局の外注丸投げと、質の低いメンターを揃えた受託屋の責任が大きい。
新規事業は「制度」ではなく「文化」から生まれる
共通認識的に定型化されたビジネスコンテストの制度自体は優れたものだ。人材育成、文化醸成には適している。しかし、事業創出には向いていない。それは結果として現れている。
結局のところ、事業は”制度”では生まれないのだ。”習慣”として挑戦が許容され、応援される文化があってこそ生まれるものだ。「誰がやってもいい」「何度でも挑戦できる」「失敗しても評価される」という前提が組織に内包されていなければ、新規事業創出は定着し得ない。
一度きりのチャンスに全てを懸けさせるのではなく、日常的に「妄想し、描き、試す」環境を用意することが重要なのだ。
また、選ばれた案が”個人の時間外活動”で終わってしまえば、それは企業としての意思にはならない。しっかりとそこに業務として時間と予算を割くことができる環境は最低限必要だ。
また同時に、経営も明確にコミットメントを示さなければならない。ビジネスコンテストは経営層に「評価者ごっこ」をさせてしまう。事業評価ができるような経験など持ち合わせていないのに、「評価者ヅラ」を定着させてしまう。
起案者、事務局、経営は、それぞれの立場から目の前の事業をどうやって我が社にとって意味のある事業に成長させられるかを対等に議論し合う立場であるべきだ。誰一人として評価者などそこにはいらない。
そういったすべてを含めて「文化」を創らなければ、本当の意味での「イノベーティブな文化」にはならないし、本当に価値ある「事業創出」はできない。
小手先でビジコン受託屋への丸投げは、小さな一歩にはなり得ても、二歩目三歩目にはつながっていかないのだ。
本気の事務局と、失敗経験豊富なメンターだけが事業を生む
結局のところ、事務局が本気で取り組み、多くの人を情熱で巻き込み、ビジコンを単なるイベントで終わらせずに、習慣的に事業創出に取り組む環境をいかに創出するかが重要となる。
ビジネスコンテストで事業を生むには「イベントの高度化」ではなく、インサイトに基づく仮説構築、行動を導く地図(グランドデザイン)の設計、事業経験者のリアルなメンター、継続的に試行錯誤できる制度と習慣など、「事業創出のために、文化そのものの刷新」が求められる。
これらを整えて初めて、ビジネスコンテストは”当たりのない宝くじ”から”苗床”へと進化する。熱狂ではなく構造、モチベーションではなく設計が重要なのだ。
ビジネスコンテストは、新規事業戦略における制度のごくごく一部に過ぎない。それ単体で事業が生まれることはない。”事業を生む環境”を創ることこそが、組織としての新規事業創出力を高めるために必要不可欠な取り組みだ。
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