Q. 新規事業の担当になって半年。
日々悶々とするのは、
「なぜうちの会社は挑戦しにくいのか?」という疑問です。
意思決定は遅く、稟議は重く、
誰もリスクを取りたがらない。これってウチだけ?
それとも大企業あるあるなんでしょうか?
✔︎ 大企業は「成功体験の堆積」が変化を妨げる構造を生む
✔︎ 制度や評価が「失敗回避」志向で、探索行動を阻害する
✔︎ 本質的な変革には「経営の意志」と「仕組みの再設計」が不可欠
「なぜ難しいのか」ではなく、「なぜ変われないのか」
イノベーションが難しいのではない。変わることが難しいのだ。
多くの大企業がイノベーションに苦しむ背景には、「成功の記憶」という厄介な資産がある。過去にうまくいった方法、制度、評価指標、会議体、人材構成……これらが、「次もきっとうまくいくはずだ」という無意識の前提をつくってしまう。
人間は必ず「現状維持バイアス」を持ち、現状維持を正当化する。古代に命の危険がない住処を見つけたのに、わざわざ命の危険を冒してまで外に出ることのないように得たもの。それに「確証バイアス」が組み合わさり、現状維持をどんどん正当化していく。
成功体験の権化たる役員の方々が、イノベーションを否定するのは、この確証バイアスが強いためで、自身のそれを反証する考えや情報を無視してしまうのだ。
しかしもちろん、そうであることが良いわけではない。新規事業が向かうのは、不確実な未来。過去の延長ではなく、断絶の先にある創造。だからこそ、過去の成功が逆説的に変化の足を引っ張る。「変わりたいけど、変われない」構造が生まれてしまう。
この構造の正体に向き合わず「上司が悪い」「経営が悪い」と言っても意味がない。問題の根源は、組織の“構造”そのものにある。
「失敗回避文化」が探索を殺す
イノベーションには必ず「探索」が必要だ。つまり、未知の領域に飛び込む試行錯誤が求められる。だが、大企業に根付いているのは「失敗しないことが正しい」という文化だ。
なぜならば、過去の成功体験をもとに、未来は予測可能であるという前提に立ち、計画をたて、それを忠実に実行することが、既存事業の組織において行われているマネジメントだからだ。つまり計画から外れるような失敗をすることは、そもそも許容されない。
これは人事評価制度にも反映される。失敗を恐れて無難な選択をする人が評価され、挑戦して失敗した人が減点される。こうした構造の中では、誰もリスクを取りたがらない。誰も探索しない。
稟議制度やコンプライアンス・ガバナンスの仕組みも、「確実性」を前提に設計されている。不確実な挑戦を制度的に支援するのが難しいのだ。
深化と探索、オーペレーションとイノベーションは、どちらも取り組まなければならない。それに反対する経営者はいないだろう。しかし、実態の制度は、どちらも両立するものにはなっていない。だからイノベーションが阻害されるのだ。
「組織構造そのもの」が変革を拒む
ここで肝になるのは、「個人のマインド」ではなく「組織の構造」である。
いかに個人がやる気に満ちていても、構造が変わらなければ、現場の行動は変わらない。変わりようがない。新規事業創出は、個人の努力ではなく、組織で取り組むものである。組織設計・制度設計・評価設計を変えなければ、行動変容は起きない。
特に新規事業においては、「走りながら考える」「石橋を叩かず渡る」ことが求められる。だが、既存組織は「石橋を叩いても渡らない」ことに最適化されている。この非対称性を突破するために「組織デザイン」「CX(Corporate Transformation)」が不可欠なのだ。
既存事業とは別軸の意思決定ルート、別軸の評価制度、別軸の人材設計。これらが揃ってはじめて、探索が可能になっていく。
「経営の意志」がすべてを決める
イノベーションに最も必要なのは、「経営の意志」だ。制度は意志によって変わる。文化も構造も、最終的には経営の意思決定によってしか変革されない。
新規事業に関する多くの研修や書籍は、「現場でできること」を語る。もちろんそれも重要だが、根本的には「経営層の本気」なくして構造は動かない。
なぜなら、既存の制度や文化に抗うには、それをつくった張本人たちが、「自らの成功体験を否定する」覚悟を持たねばならないからだ。
これは極めて苦しい決断だ。だが、その決断なくして、本当の意味でのイノベーションは生まれない。
「仕組みの再設計」は、現場からもできる
とはいえ、経営が動かないからといって、何もできないわけではない。
現場からでも「小さな仕組みの再設計」はできる。たとえば、新規事業ユニット専用の稟議フローをつくる。挑戦を称賛する表彰制度をつくる。探索を支援するスプリント形式の評価指標をつくる。
こうした“構造の微細な改変”を積み重ねることで、組織のOSそのものに揺さぶりをかけられる。部分的な越境から、やがて組織全体への波及を目指す。その橋頭堡となるのが、新規事業ユニットの使命である。
一歩一歩、構造を塗り替えていこう。未来を創るのは、構造を変える意志と、地道な再設計の積み重ねである。
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