Q. 顧客のあるべき未来を描くには、
現場視点が必要だと思っています。
しかし実際には現場に入ることが難しく、
リソースや社内理解の壁にぶつかっています。
このような状況下で、
現場視点を得るにはどうすればいいのでしょうか?
✔︎ 現場の空気を吸わなければ、顧客の未来は描けない
✔︎ 現場に入れなくても、“近づく工夫”で感度は磨ける
✔︎ 最終的には、現場から「共に創る」仲間を見つけること
あるべき未来は、現場の“空気”からしか見えてこない
イノベーションとは顧客の未来を描くことである。そしてそれは、顧客の“今”を深く理解することでしか成し得ない。その“今”とは、言葉になっていない日常、繰り返される行動、無意識の選択──つまりイノベーションの種は“現場”にしか存在しない。
あるべき未来は、現場の違和感からしか見えてこない。現場には、仮説を揺さぶる些細なノイズがある。日常の中に紛れ込んだ不自然さ、顧客が気づいていない「我慢」「無関心」「諦め」──そういった“未解決”の残滓が、インサイトに繋がる。
「アンケートをとった」「インタビューした」──それだけでは、顧客の本音やリアルな困りごとには辿りつけない。大切なのは、顧客が言葉にしていない“非言語の行動”に触れ、「なぜそうするのか?」を解釈する力を養うことだ。そしてその感度は、現場に入らなければ磨けない。
資料を読み、数値を追い、話を聞く──その先にある、言葉にならない日常の“当たり前”の中に、インサイトの原石が眠っている。未来は、現場にある。資料やヒアリングの二次情報ではなく、自分の身体ごと“空気”に触れることが重要だ。
どんな手段を取ってでも、現場に近づけ
しかし、常に現場に直接入れるとは限らない。物理的制約、時間の制約、社内の理解──そのどれもが壁となる。だからといって「入れない」で終わらせるのではなく、「どうやって近づくか」の工夫が重要だ。
業界特化のイベントやカンファレンスへの参加。副業やボランティアで疑似的に現場の業務を体験してみる。顧客層が日常的に発信・接触しているSNSやWebメディアを観察する。あらゆる間接手段を駆使して、“現場の温度”を体に染み込ませる。
現場に入ることは「手段」ではなく、「姿勢」である。真正面から入れなくても、斜めから、横から、下からでもいい。とにかく近づこうとする。その意志こそが、思考の解像度を生む。
インタビューで表層を撫でるだけでは足りない
よくある誤解は、「ユーザーインタビューをすれば現場理解できたことになる」というものだ。だがインタビューで聞けるのは、多くの場合“顕在化された情報”でしかない。“あるべき未来”はそこからさらに先にある。だからこそ、聞いた内容の裏にある行動、行動の裏にある文脈、文脈の裏にある価値観へと、“三層下”を読み取る努力が必要だ。
インタビューの中で「それ、いいですね」と言われて満足してしまえば、すでに失敗だ。なぜならその“いいですね”には、0から100までの幅広いグラデーションがあるからだ。本音で「絶対に欲しい」と言っているのか、社交辞令で「まあいいかも」と言っているのか。その違いを見抜くには、もっと深い観察と問いが必要になる。
“三層下”を読み取るためにこそ、「Yes」ではなく「No」を拾う。「買わない理由」「使わない理由」「本当に困っていない理由」を掘り起こし、それに仮説をぶつけ、また崩す──この往復運動の中でしか、現場視点は育たない。
現場に入るとは、想像力のスイッチを入れること
本当の“現場に入る”とは、物理的に現場にいることではない。顧客の1日を疑似体験し、その文脈の中に自分を沈めることだ。つまり、“その人として”世界を捉え直すということ。
たとえば、仮想的に「その人の1日」を時系列でなぞる。そのとき、どこで躓くか? どこで喜び、どこで不満を感じているか? その行動の背景にどんな文脈や制約があるのか?──それを想像し尽くす。
そのためには「顧客になりきること」が有効だ。顧客の業務フローやスケジュールをヒアリングし、それを自分ごと化して仮想体験してみる。1日その業界の人になってみる、実際にツールを使ってみる、サービスを申し込んでみる。
「朝から晩までこの業務をしているとして、自分ならどこにストレスを感じるか?」という視点で感情の揺れを追体験すれば、単なる事実の理解を超えて、“感情の地図”が描けるようになる。
ただの観察者では、越えられない壁がある
だが、観察と仮想体験にも限界がある。いつまでも“外からの目線”にとどまっていては、「共に未来をつくる」には至らない。現場を“理解する”フェーズから、“巻き込む”フェーズへと進まなければ、深いインサイトには辿りつけない。
だから必要なのは、“中にいる誰か”とつながることだ。つまり、現場の中で最も感度が高く、自ら変化を起こそうとしている人──エヴァンジェリスト・カスタマーを見つけること。
N=1の中にエヴァンジェリスト・カスタマーを見出す
この“エヴァンジェリスト・カスタマー”とは、以下のような特性を持つ人たちである。
- 課題を明確に認識しており、積極的に解決策を探している
- 現状は既存の手段で“なんとかやりくり”しているが、限界を感じている
- 新たな解決策があれば、自ら試す姿勢を持っている
- 起案者の描くビジョン(顧客のあるべき姿)に強く共感している
- その人の周囲に、同じような課題を抱える人たちが集まっている
彼らこそが、インサイトの生きた化身であり、事業の共創パートナーとなり得る存在である。
エヴァンジェリスト・カスタマーと共にコミュニティをつくる
こうしたN=1の顧客を“顧客”ではなく“共犯者”に変えていく。SlackでもFacebookグループでもリアルな勉強会でもいい。まずは、彼らが日常で抱える問いや解決策を共有できる“場”をつくる。
この“顧客を中心に据えたコミュニティ”は、単なるユーザー会ではない。プロダクトが成長するたびにその価値を受け取り、改善のフィードバックをくれ、時には新たな顧客を紹介してくれる“共創装置”となる。
その人たちの声を聴きながら、機能を磨き、ストーリーを調整し、実装すべき価値を深めていく。それが、新しい価値を本当に“受け取ってもらえるもの”にしていくプロセスである。
最終的には「共創の関係」に踏み込めるかどうか
現場視点とは、観察することではなく、“共につくる関係性”の中で磨かれていくものだ。遠くから見ていた相手と、同じ課題を語り、同じ未来を目指す仲間になる──そのプロセスこそが、現場のリアルを自分ごと化する唯一の道である。
仮説を持って観察し、想像し、入り込み、そして共に動く。現場視点とは、情報量ではなく“関与の深さ”である。そしてその深さこそが、新規事業の未来の厚みをつくっていく。
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