Q. 起業家ではない企業内の新規事業担当者として、
損失許容原則などが通用しにくい環境の中で、
どうやってエフェクチュエーションを
実践すればよいのでしょうか?
✔︎ エフェクチュエーションは、起業家の行動原則であって企業向けの処方箋ではない
✔︎ 企業内での実践には、「制約環境でどう動くか」の再設計が必要となる
✔︎ 必要なのは、資源の再定義・小さな行動・共犯関係の構築である
起業家と企業内新規事業では、前提がまったく違う
エフェクチュエーションとは、起業家たちがどのように行動し、意思決定しているかを観察し、理論化したものだ。つまり、これは「こうすればうまくいく」という処方箋ではなく、「うまくいっている人たちはこうしていた」という事後的な観察である。起業家のリアルな行動様式をまとめたものであり、その背景にある「環境条件」を無視してはならない。
起業家は基本的に、何も持たずに始める。お金もなければ人材もいない。だからこそ、いま手元にある少ない資源や数少ない人脈で、何ができるかをとことん考え抜く。将来を予測して計画を立てようにも、そんなコントロールはできない。できるのは、「今この瞬間に自分が動けることをやる」だけだ。将来を予測するのではなく、今コントロールできる範囲に注力する──それが、起業家の本能的な行動であり、それを理論として整理したのがエフェクチュエーションなのだ。
さらに起業家には、「時間」の自由がある。自分の手元資金やエンジェル投資家からの出資でお金が続く限りは、誰にも急かされず、打席に立ち続けることができる。試行錯誤の連続の中で、クリエイティビティに到達するまで何度でも挑戦できる。その“粘り強さ”が、成功確率の低さを補い、結果として成功へと繋がっていく。
一方で、企業内の新規事業担当者には全く異なる前提がある。まず、リソースは圧倒的に多い。社内に蓄積された技術、人材、資金──起業家にとっては夢のような資源が揃っている。人脈も築きやすく、協力者を得るための土壌もある。だからこそ、大きな打ち手を打つことも可能だ。その代わり、起業家のように“脳に汗をかく”ような追い詰められた創造性を発揮しないままでも、一定の成果が出せてしまうという、企業内で働く人たちが自覚していない「クリエイティビティのジレンマ」がある。
さらに企業には「時間制限」がある。新規事業のプロジェクトには期限が設定され、たとえ道半ばでも成果が出なければ、1年以内に打ち切られるリスクは常に存在し続ける。起業家のように“時間をかければいつかは成功する”というスタンスは、給与をもらっている立場だからこそ許されない。組織内での費用対効果によって判断されてしまうのだ。
だからこそ、企業内でエフェクチュエーションを実践する際には、単に「起業家の真似をする」のではなく、「企業環境に合った応用」を設計する必要がある。前提が違うのだから、行動様式も変わって当然だ。一時バズワード化した「起業の科学」やその他蔓延るスタートアップ理論も含め、すべてのスタートアップ界隈の知見は“企業内新規事業ではそのまま適用できるわけではない”という認識を持っておくべきだ。そのうえで、どの部分が企業内でも活かせるのか、どこを翻訳しなければならないのかを見極めていくことが、実践において最も重要な観点となる。
「与えられた資源」ではなく「自分が動かせる資源」から考える
企業内でエフェクチュエーションを応用するうえで鍵になるのは、「リソースの再定義」である。起業家が“自分の持ち物”として考える資源(資金、スキル、人脈)と異なり、企業内のリソースは多くが「制度的なもの」「他人のもの」になっている。
だからこそ、「使えるかどうか分からない社内リソース」ではなく、「自分の意思で動かせる手持ちのカード」に目を向ける必要がある。たとえば、現場で信頼してくれるメンバー、すでに関係のある社外パートナー、自分の知見や行動力──その“身の丈資源”を棚卸しし、「今すぐできる小さな検証」から始めていく。
この「バード・イン・ハンド(今手元にある鳥)」の思考は、企業という制約環境でも応用できる。むしろ、そうでなければいつまでも「誰かが承認してくれたら」「この予算が通ったら」と言い訳を並べて、何も始まらないままになる。
「壁にぶつかった時、起業家は乗り越えられる方法を探し、サラリーマンは乗り越えられない言い訳を探す」のだ。それは「バード・イン・ハンド(今手元にある鳥)」の思考を持ち合わせていないから。企業内新規事業はリソースが潤沢にあるとはいえ、その潤沢なリソースを最初から使えるケースはほとんどない。小さく始めざるを得ないのだ。だからこそ「バード・イン・ハンド(今手元にある鳥)」は重要となる。
「許容損失」を“組織にとっての耐えられる違和感”と捉える
企業において、金銭的な損失を許容する文化がないケースも多い。だからこそ、「失ってもいい金額」ではなく、「多少のズレや違和感があっても、組織として飲み込めるレベルの試行錯誤」と捉えると、エフェクチュエーションの適用余地は広がる。
たとえば、3人で3週間だけ動いてみる。5万円の予算でLPと広告を回して反応を見る。自分がやっても怒られない範囲で、もしくはちょっと小言を言われるだけで済む範囲で行動してみるのだ。
これはまさに、エフェクチュエーションの基本思想である「予測よりもコントロールへ」を、企業内流にローカライズすることだ。企業がもっとも恐れるのは「制御不能になること」。だからこそ、小さく実行することを徹底的に意識する。
また同時に、先に予算申請するよりも、先に小さくPoCし結果を出し、“見える絵”をつくってから「ここまで来たんですけど、やっていいですか?」と通していく方が、予算は通しやすくなる。企業内での「承認」にはどうしてもエヴィデンスが必要となるからだ。
こうして、許容可能な損失の範囲で小さく行動し、小さく振り返り分析をし、それに基づいて承認を得ていく行動が重要だ。“試行を始めてから承認を得る”という流れをつくる。それが、信頼を生み、将来的に大きな自由度を獲得していく鍵になる。
「クレイジーキルト原則」で味方を巻き込みながら進める
エフェクチュエーションには、もうひとつ「クレイジーキルト原則」というものがある。これは、他者が協力を申し出てくれた時点で、その人をパートナーとして巻き込みながら計画を一緒に作り直していくという考え方だ。
企業内でもこれは非常に有効だ。最初から完璧な事業計画をつくって上申するのではなく、「この仮説、どう思いますか?」「この方向性、一緒に考えてくれませんか?」と周囲のメンバーを“共犯者”にしていく。これが、社内での支援者や味方をつくるための有力な手段となる。
共犯関係が広がれば、それはやがて“空気”を変えていく。ゼロイチに必要なのは、合意形成ではなく“共鳴”だ。その共鳴は、スライドではなく、リアルな動きの中でしか生まれない。
起業家のようにではなく、「企業内らしく」エフェクチュエーションする
最後に大切なのは、「企業内でエフェクチュエーションをする」という視点だ。起業家のコピーになる必要はない。むしろ、企業に所属していることならではの制約と資産を“使いこなす”発想が求められる。
エフェクチュエーションは、本来“動きながら形にしていく”方法論だ。これは「完璧な準備を整えてから動く」カルチャーに対するアンチテーゼでもある。だからこそ、「完璧ではないが動ける範囲からやってみる」ことが最大のポイントになる。それこそが社内新規事業に求められる行動様式だ。
企業という環境の中で、自分の手札でどこまで行けるかを試してみる。その結果を「問い」として共有し、次のカードを引く。これができれば、新規事業は“承認を待つ仕事”ではなく、“行動を通じて空気を変える仕事”に変わっていく。
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