Q. 顧客インタビューで得た一次情報を、
事業アイデアやインサイトに繋げるには
どうすればいい?
✔︎ 情報の「事実性」ではなく、解釈の「構造性」が差を生む
✔︎ 「気づき→仮説→検証」の変換プロセスを明示化せよ
✔︎ インサイトは“拾うもの”ではなく“つくるもの”である
単なる事実の“羅列”では、アイデアにはつながらない
顧客インタビューをすれば、確かにたくさんの「事実」は得られる。だがその事実を並べただけでは、具体的なビジネスアイデアやコンセプトにはならない。必要なのは、「何をどう読み解くか」という解釈の構造である。
たとえば「面倒くさい」「分かりにくい」という声はよく聞くが、それが“どの瞬間に” “どのような期待と乖離して”発生しているのかを捉えなければ、施策や機能案にはつながらない。つまり、情報の粒ではなく、構造に目を向けるべきなのだ。
実際のところ、多くの新規事業は、顧客インタビューで聞こえた“それっぽい言葉”を鵜呑みにして企画されてしまう。「この機能があれば便利そう」と思ってしまうが、それは表面的な要望の代弁にすぎない。言葉の裏にある“意味構造”を読み解けなければ、真の価値には辿り着けない。
「事実→気づき→仮説→検証」の変換プロセスが必要になる
顧客の声を「そのまま」活かそうとする姿勢は一見真摯だが、戦略的ではない。むしろ必要なのは、得られた事実情報を「仮説生成」の素材にするという思考の飛躍である。気づきを引き出すためには、「問い直し」のプロセスが不可欠だ。
たとえば「最近、睡眠の質が悪い」という声を聞いたとする。ここから「睡眠の質を改善するサービスを作ろう」となるのは早計だ。なぜ質が悪くなっているのか、何がそれを引き起こしているのか、日中の行動との関連は?──と“問いを深掘り”して初めて、有効な仮説が立ち上がる。
こうしたプロセスを支えるのが、「変換スキル」である。インタビューから得られた断片的な言葉や感情を、“構造化された仮説”に変換する。そこにアイデアの種が宿る。「答えを得る」ではなく、「問いをつくる」ことが、真のリサーチの価値である。
インサイトとは「見つけるもの」ではなく「構築するもの」
多くの人が勘違いしているが、インサイトとは“どこかに落ちているもの”ではない。無数の情報の中から「一貫したパターン」を見出し、それを「意味ある物語」にまで仕立てあげて初めて、インサイトは生まれる。つまり、それは創造的な行為なのだ。
この時、鍵になるのが“複数の声”の重なりである。単一の意見ではなく、3人・5人・10人と話を聞く中で、「なんかこれ、共通してるな」と思えるモヤモヤが現れる。それを深堀りし、背景文脈をつなぎ合わせることで、“意味のかたまり”が立ち上がる。
さらに重要なのは、それが“今の事業にとって意味があるか”を評価するフィルターだ。すべての気づきが事業機会ではない。実現可能性、競合状況、自社のケイパビリティなどの観点から、選別しなければならない。構築的に、選択的に、意味を創っていくことが「インサイトの正体」である。
「発言の背景」を探ることで、意味の深度を増す
顧客の発言を、言葉どおりに受け取ってはいけない。言葉の裏には、必ず「背景」がある。なぜそう感じたのか。どんな状況でそう思ったのか。他の選択肢は検討したのか──こうした文脈の掘り下げによって、発言の“重み”が変わる。
たとえば、「このアプリは難しい」という声の背景には、機能の複雑さだけでなく、「最初に教えてくれる人がいなかった」「似たアプリで失敗した経験がある」といった“記憶のバイアス”が潜んでいるかもしれない。それを見抜けなければ、誤った改善策に走ってしまう。
インタビューとは、言葉を集める場ではなく、“意味を引き出す場”だ。そのためには、「なぜ?」を三度問い直し、「そのときどう思った?」と感情に寄り添い、必要であれば沈黙を待つことさえ大切だ。言葉の奥にある“背景の風景”を想像できるかが、インサイトの深さを決める。
「未定義の違和感」を言語化できたとき、仮説は跳ねる
良質な仮説の原石は、「なんとなく変だな」という違和感に宿ることが多い。これは、明確な課題意識ではなく、インタビューの中に潜む“言葉になっていないズレ”のようなものだ。これを丁寧に扱えるかどうかが、仮説生成力を左右する。
たとえば、「みんな使ってるけど、実は使いづらい」といった微妙なニュアンスには、表面上の満足度と、裏に潜む我慢や代替行動とのギャップがある。こうした“未定義の問題”に気づき、それを仮説に翻訳できたとき、斬新なアイデアが生まれる。
このために必要なのは、「違和感に名前をつける」スキルだ。「〇〇な場面で、△△が起きて、□□という選択をしている。だが、そこには〇〇という不満があるはず」というように、日常の行動を“問いのフレーム”に変換する。この一手間が、平凡な観察を非凡な着想へと変える。
アイデアは“その場”で出さなくていい。変換の「余白」を取れ
インタビュー直後に、「じゃあ何を作る?」と即座にアイデア出しを始めるチームは多い。しかし、それは時に危険だ。人間は、印象の強かった情報や自分の期待に合った発言だけを過大評価しがちであり、“バイアスにまみれた発想”になりやすいからだ。
むしろ重要なのは、まず「一次情報を咀嚼する時間」をとること。一人ひとりが感じた違和感や気づきを一度言語化し、チームで重ね合わせてから仮説に落とし込むプロセスが必要だ。変換には“熟成”の時間がいる。
ここでは、個人のメモを共有し、そこから「言語化マップ」を作ろう。誰が、どんな行動の中で、どんな気持ちを抱いたのか──それらを可視化し、構造化することで、直感ではなく「合意された違和感」に基づく仮説生成が可能になる。余白の設計は、質の高い発想を生む土壌になる。
構造化とは「他者と共有できる仮説のかたち」にすること
「インサイトはあるが説明できない」「なんかよさそうだけど伝わらない」──そんな状態に陥ってしまう理由は、“構造化”の欠如にある。どんなに本質的な気づきでも、それが再現性のある言語で表現されていなければ、チームの意思決定には活かされない。
構造化とは、単にキレイに整理することではない。誰が、どんな状況で、何を考え、どんな行動をしているのか──という一連の流れに沿って、“仮説の因果関係”を描くことである。これにより、他者と“共通言語”として扱えるアイデアになる。
たとえば、「〇〇な時に△△をしてしまうのは、□□という期待が裏切られるからである」といった因果のかたちにまで落とし込む。これができて初めて、検証の対象となり、ビジネスモデルの仮設構築に進める。インサイトの価値は、言語化されたときに初めて発揮される。
情報の収集ではなく、「仮説生成装置」としての顧客理解へ
顧客インタビューの本質は、情報収集ではない。事業仮説を生むための「変換装置」である。どれだけ多くの事実情報を得たかではなく、それをどう仮説につなげたか、どう構造化して伝えられるかがすべてだ。
そのために必要なのは、「意味づけの言語化」である。何を見て、どんなことを感じ、どう考えたか。それを共有可能な言葉にすることで、初めてチームでの共創が始まる。見えている“現実”は同じでも、意味の与え方によって導かれる結論はまったく異なる。
新規事業とは、意味の設計でもある。顧客の行動や言葉に、どんな意味を与えるか。それによって、価値の定義も、提供のしかたも、プロダクトの輪郭もすべて変わる。事実は、ただの素材にすぎない。意味を与え、価値に変える力こそが、事業創出の真髄である。
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