新規事業を考える時、社会課題を起点にしようとするアイデアはそれなりに多くあります。しかし、それはあまりオススメしません。
社会課題は直接的に解決することはできないからで、大抵の場合そのアイデアはNPOやCSR的なプランにとどまってしまい、”ビジネス”として構築することができません。
マンハッタンを巡って、面白い会議が開かれたことをご存知でしょうか。1898年にニューヨークで開かれた第1回国際都市開発会議のことですが、そこでの議題はなんと「馬糞」でした。
古来より人類にとっての移動手段の中心であった馬。栄えた都市には当然多くの馬が行き交うことになります。当時のマンハッタンでも、多くの馬車が走っていました。
皆が馬で移動するなかで、移動経路は当然のことながら人によってまちまちなわけです。すると、馬が決まった場所で糞をすることなど難しく、街の至る所に馬糞が転げ落ちていました。
1894年のロンドンの新聞には「1950年には、街のすべての通りが、約3メートルの馬糞で一杯になる」と書かれていました。当時、都市の発展に伴って、馬糞の問題は大きな社会問題となっていたのです。
都市開発会議にはその社会課題を解決するために、政治家はもちろん生物学者、都市工学者など、多くの優秀な人たちが集まり、議論を重ねました。しかし解決には至りませんでした。
ところが、この問題はとある発明によって一気に解決されることになります。それはフォードの「自動車」です。エジソン証明会社の技術者であったヘンリー・フォードが、発電用のエンジンを使って自動車を発明しました。馬から自動車に移動手段が変わるなかで、当然の如く馬糞が発生するわけもなく、街中から徐々に馬糞はなくなっていったわけです。
社会問題を解決しようと直接的にアプローチすると、「過去の情報(データ)」と「現状」をもとに、ソリューションを考えることになります。
しかし、いくら議論を重ねたとて、それは過去から現在への延長線上にある未来しか予測することはできません。
そこで出てくるアイデアは「リノベーション」か「ボランティア」かの解決策にしか辿り着かないのです。社会問題ドリヴンでのアイデアは、どうしても矮小な解決策なってしまいます。
馬糞問題を解決したのは、そんな社会課題とは無関係に取り組んだ技術者の妄想と閃きでした。直接的に社会課題を解決しようとアプローチしたのではないのです。
顧客が「馬」に対して感じている課題を解決したことが、結果的に「馬糞」という問題を解決するに至ったわけです。
ヘンリー・フォードはのちに「もし私が顧客に何がほしいか聞いていたら、 彼らはもっと速い馬がほしいと答えただろう」という名言を残しています。
社会問題には見向きもせず、顧客の表層的な課題にも見向きもせず、顧客が解決を求めている「本質的な課題」を理解し、顧客が欲しがるものではなく「顧客に欲しいと思わせるもの」を作ったわけです。自動車でいえば「ここからある地点まで低コスト低労力で安定的に移動する手段」を開発しました。
もし顧客に何が欲しいかと聞いてしまっていたら「もっと速く走る馬が欲しい」「病気にならない馬が欲しい」「餌を食べない馬が欲しい」「気分が上下しない馬が欲しい」「疲れない馬が欲しい」…と、結果的に馬の品種改良をしてしまっていたかもしれません。
社会課題を”ビジネス”によって解決しようと考えるなら、社会課題に直接向き合ってはいけません。リフレーミングによって、その社会課題に生きる顧客が、本質的に欲しがるものを知る必要があります。
マーケティングに「本音と建前」という考え方があります。顧客インタビューで社会課題を問いかければ、顧客は確かに解決すべきだという話をするでしょう。それは建前として当然のことです。
ならばと社会課題を直接的に解決するようなプロダクトやサービスをリリースしても、全く購入されないなんてことはよくある話です。それは本音を理解していないからです。顧客の本音の琴線に触れなければ、お財布は開かれないのです。
例えば「子供の性教育」の重要性は誰しもが合意することだと思いますが、それは建前です。それを解決するようなプロダクトを作った時に、お金を払うかといったら、払うひとはほとんどいないでしょう。
そこで向き合うべき本音は、例えば「自分が何かをしたいときに子供を放っておきたい」というものかもしれません。こんな本音は顧客にインタビューしたところでは出てきません。でも表に出さないだけで、みな抱えているものです。
プロダクトには、この建前と本音を組み込むことが必要なのです。
特に社会課題に向き合うということはそれはあくまで建前に過ぎませんから、リフレーミングして本音に刺さるプロダクトを作り、結果的に社会課題の解決につながるようなストーリーを描くのです。
社会課題には直接向き合うのではなく、そこにいる顧客に向き合うことで、顧客課題を解決しながら、ドミノ倒しの最後に社会課題が解決する方法を探る。
それがビジネスによって社会課題を解決するためのアプローチです。