Q. 「デザイン思考」というワードがピンときません。
言葉が独り歩きしている気もします。
そもそもどういう意味なのでしょうか?
✔︎ デザイン思考は“顧客理解”のための思考法であり、万能ではない
✔︎ 顧客の声だけでは未来は見えず、破壊的イノベーションには妄想が必要
✔︎ 思考法に依存せず、“未来を構築する姿勢”として柔軟に使いこなすことが鍵
「デザイン思考」は“顧客理解”のためのアプローチ
デザイン思考とは、もともと製品開発やサービス設計の現場で「ユーザー中心」の発想を促すために発展してきたアプローチだ。顧客の行動や体験を観察し、そこに潜む“課題の真因”を発見し、それに対する新しい解決策を生み出す──そのプロセス全体を支える思考法である。
共感(Empathize)、問題定義(Define)、創造(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)というステップが有名だが、これは“直線的”な工程ではなく、“循環”しながら理解と発想を深めていくのが本質だ。特に初期フェーズで重視されるのが、ユーザーの観察と対話によって得られる「インサイト」である。
つまり、デザイン思考は「顧客の課題の真因に辿り着くためのレンズ」であり、「そのレンズ越しに何を見るか」「どう解釈し、発想するか」は、実践者の思考の深さと柔軟さに委ねられている。
原理主義が陥る「顧客の声=すべて」の誤解
デザイン思考の普及に伴い、「顧客と徹底的に向き合え」「ユーザーの声をとにかく拾え」といった“デザイン思考原理主義者”が増えているのも事実だ。
確かに、顧客の行動や言葉には、現実の課題や不便さがにじみ出ている。インタビューや観察を通じてそれを捉えることは、イノベーションの第一歩として非常に重要である。
だが注意すべきは、「顧客は未来について語れない」という限界があることだ。顧客が語れるのは、基本的に“過去と現在”に関する情報だ。その背景にある価値観や潜在的な欲求を丁寧に読み解き、そこから未来の兆しを導き出すという“解釈力”がなければ、単なる「ユーザー調査屋」になってしまう。
顧客視点は、漸進的イノベーションには強い
たとえばWebサービスやアプリなど、比較的短いスパンで仮説検証が可能な分野では、デザイン思考の顧客視点が極めて有効に機能する。
現状の課題に対する代替手段(既存の解決策)を調査し、それが抱える不満や不十分さに対して新たなソリューションを提示する。この積み上げによって、既存サービスを圧倒的に凌駕する価値提供が可能になる。いわゆる漸進的イノベーションである。
Uber、Airbnb、Dropbox──いずれも「今ここにいる顧客の困りごと」に着目し、ユーザー視点を徹底的に深掘りしたことで、新しい当たり前を作り上げてきた代表例だ。
破壊的イノベーションは「未来妄想」から始まる
一方で、こうしたデザイン思考の延長線上では辿り着けない未来もある。破壊的イノベーションや産業の転換点では、顧客の声に頼りすぎることが逆に足かせになることがある。
自動車産業を例にとれば、ガソリン車から電気自動車への転換は、ユーザーの声を丹念に拾っても導けなかっただろう。多くの人は「燃費のいいガソリン車がほしい」とは言えても、「ガソリンが要らない車がほしい」とはなかなか言えない。
フォードが初めて自動車を世に出したときも同じだ。馬車しかなかった時代、人々が抱えていた不満を聞いても、「速く走る馬」「餌を食べない馬」という改善案が出てくるだけだった。しかし、フォードは「移動の本質」を再定義し、「エンジンによる移動手段」という未来の当たり前を“妄想”したのだ。
これが「顧客視点」で辿り着く「顕在課題」と、「顧客行動起点」でしか辿り着くことのできない「潜在ニーズ」の違いだ。インサイトとは、日本語に訳せば洞察だが、デザイン思考の文脈でいうならば「潜在ニーズ」こそがインサイトなのだ。そしてそれが破壊的イノベーションの種となる。
顧客の行動観察から「未来を妄想する」という思考を持つ
だからこそ重要なのは、「顧客理解」と「未来妄想」の接続だ。顧客の行動や言葉からインサイトを抽出する。それはデザイン思考の有効な入り口だ。しかしそこで得たヒントを、“今をちょっと良くする”にとどめず、“未来の当たり前”に接続させる想像力がなければ、ただの改善提案(カスタマー・サポート)に終わってしまう。
「移動手段としての馬」を観察して、「自動車」という非連続な発想へと跳躍する。その飛躍は、観察から得たインサイトを構造化し、「では、こうなったらどうか?」と何度も問い直すプロセスからしか生まれない。
本質的に目指すべきはカスタマー・サクセスであり、その先にあるカスタマー・ハピネスだ。それは顧客自体がまだ自覚していない未来である。だから「未来を妄想する」ことが必要であり、また同時にある種独善的に傲慢に「顧客にとってのあるべき姿」としての未来を定義することが必要となる。
デザイン思考は“いつでも使える万能薬”ではない
業界やプロジェクトフェーズによって、デザイン思考が向いている場面と、向いていない場面がある。顧客理解がまだ浅い、ユーザー像が見えていない──そうした初期探索フェーズでは、デザイン思考は非常に有効だ。
しかし、ある程度課題の構造が分かり、解決の方向性が定まってきたフェーズでは、そこから先の創造性は「創造力」「技術の深い理解」「トレンドの理解」そして、「未来妄想(アート思考)」に大きく依存するようになる。顧客が語らないからこそ、自分たちで仮説を“構築”していく必要があるのだ。
つまり、デザイン思考は“万能鍵”ではない。使いどころを間違えれば、「顧客に聞いても何も出てこなかった」で終わってしまう。多くのビジネスコンテストが、矮小なアイデアしか出てこない原因は、まさにここにある。ビジネスコンテストの多くは、デザイン思考原理主義者が設計しているからだ。
「未来を妄想する」ことは、ビジネスコンテストのように特定の期間に効率的にアイデアの数を追いかけるプロセスの中でやりきるのは難しい。日常的に業界や市場、そして顧客行動の違和感を追いかけ、そして日常的にどんな未来があるべき姿なのかを妄想していることが必要となる。短時間のワークショップで出てくるものではないし、未来を妄想することが習慣化していない人が単独で辿り着くこともなかなか難しい。
そもそも千三つといわれる新規事業の世界において、ビジネスコンテストの手段を導入することで、アイデアの数が出ているようには見えても、質が高まらないがゆえに、ビジネスコンテストはよりその成功確率が落ちることは、各社のビジネスコンテストの結果を見れば日を見るより明らかである。
デザイン思考を「道具」として使いこなす
デザイン思考に限らず、ビジネスモデルキャンバス、リーンキャンバス、リーンスタートアップ、スタートアップ・サイエンス、エフェクチュエーションなど、イノベーションを創るための思考法は世の中にたくさん転がっている。その全ては、道具にすぎず、万能薬やシルバーバレッド、魔法のランプではない。そのツールでできることを見極め、そのツールの正しい使い方を理解しなければ、たかが道具に振り回されることになる。たかが道具に振り回された集大成がビジネスコンテストだともいえる。
重要なのは、道具を“正しく理解し、正しく疑う”姿勢である。デザイン思考においては「顧客の声がすべて」「共感こそが起点」といった原理主義に陥らず、「この道具は今のフェーズで何を教えてくれるか?」「この結果をどう構造化して、次の仮説に繋げるか?」という問いを持ち続けることだ。
インサイトを得た後は、“構築する思考”が必要になる。顧客が気づいていない未来、まだ言語化されていないニーズをこちらが仮説として提示し、それにユーザーがどう反応するかを見て、また次の仮説へと進む──この往復のプロセスがなければ、イノベーションは生まれない。
イノベーションに挑む者にとって大切なことは道具をうまく使いこなすことではない。結果を生み出すことだ。効率的に最短距離で進むための道具など存在しない。泥臭く執念を持って取り組み続ける以外に成功するための方法はない。そのためにいかに道具を使いこなすかどうかが重要なのだ。
「思考法」に頼るのではなく「未来をつくる姿勢」を持つ
そもそもデザイン思考とは「顧客とともに未来をつくるための姿勢」だともいえる。何せ言葉に「思考」とついているのだから、これはツールではなく「姿勢」を語るものなのだ。
ユーザーの声に寄り添い、そこにある違和感や未充足のニーズをすくい上げる。そして、まだ誰も見ていない未来の当たり前を妄想し、それを形にするために動き続ける。その一連の姿勢の中に、デザイン思考という“思考法”は位置づけられるべきだ。
原理主義に陥ることなく、騙されることなく、本質を見極め、自分たちに必要なヒントとして柔軟に使いこなす。それが、イノベーターにとっての“正しい距離感”なのではないか。
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