Q. 新規事業を進めるにあたって、
社外のメンターや伴走者のような存在は
必要なのでしょうか?
✔︎ メンターは“答え”を教える人ではなく、“問い”を深める人
✔︎ 自分一人では気づけない「視点の飛躍」こそが最大の価値
✔︎ メンターがいることで、情熱の炎を絶やさず走り続けられる
メンターは「賢者」である
「メンター」という言葉は、ホメロスの叙述詩『オデュッセイア』に登場する「メントール」に由来します。メントールは、トロイア戦争に従軍するオデュッセウス王から館と息子を託され、テーレマコス王子の良き指導者として、支え続けました。その姿は、信頼される賢者として後世に語り継がれています。
この語源が示すように、メンターとは単なる指導者ではなく、信頼を預かり、次代を育む「導き手」の象徴です。新規事業という不確実性の高い領域においてこそ、こうした知恵と経験を持つ存在の重要性が際立ちます。
現代におけるメンターとは、年齢や階層を問わず、事業の本質や問いに向き合う伴走者であり、起案者のビジョンを信じ抜き、言葉と行動で支える存在にほかなりません。
メンターは「答え」を持っている人ではない
「メンターがいれば正解を教えてくれる」と思う人がいます。しかしそれは誤解です。メンターの本質的な役割は、「問いの質」を高めることにあります。つまり、何を問い、どう深掘りするかを一緒に考え抜く伴走者です。
新規事業では、正解のない道を進むことになります。そのなかで最も重要なのは「問いを立て続ける力」です。メンターは、メンティーの頭の中にあるモヤモヤとした違和感や未整理の考えを丁寧にほぐしながら、本質的な問いにたどり着く手助けをしてくれます。
その問いがあるからこそ、仮説は深まり、検証は進み、軌道修正が可能になるのです。正解を与えるのではなく、問いを育てる──それがメンターの価値です。
メンターは斜めの視点から助言する
メンターは、メンティー本人でもなく、直属の上司でもなく、組織の利害からも独立した存在であることが理想です。だからこそ、内在するバイアスから自由にものを言えます。
たとえば、メンティーが自社の強みに固執していたとしても、「それって本当に顧客のためになるのか?」と本質的な問いを投げかけられるのがメンターの役割です。その一言が、視点の飛躍や発想の転換を引き起こすきっかけになるのです。
また、メンターは、社内の政治的力学にも縛られません。その立ち位置だからこそ、率直に助言できるし、時に忖度なく厳しい意見を伝えることもできます。第三者だからこそ届く言葉があるのです。
独りよがりを防ぐ「視点の飛転」が価値になる
新規事業に取り組むと、どうしても「自分の考えは正しい」と思い込みやすくなります。自分の経験や専門領域に基づいた視点は強みである一方、視野の狭さを生む原因にもなります。
メンターがもたらすのは、そうした思い込みをほぐす「視点の飛躍」です。異業種の事例や別の文脈からの示唆を通じて、自分では見えなかった問いや可能性に光を当ててくれます。その“視点のスイッチ”が入る瞬間に、アイデアの本質が立ち現れるのです。
自分一人では辿り着けない場所に、視点を飛ばしてくれる──それが、メンターと対話する最大の意味です。
メンターは一人で複数の役割を持つ
真に優れたメンターは、状況やフェーズに応じて自らの態度を自在に切り替える力を持っている。起案者の熱意が高まっているときは「仲間」として並走し、手が止まり迷っているときには「案内人」として次のステップを示す。静かに寄り添いながらも、要所では強く引っ張る──そんな柔軟性が求められるのがメンターだ。
また、過去の経験や失敗を語る「先輩」としての姿勢も欠かせない。単なる知識の伝達ではなく、「自分もここでつまずいた」「あのときはこうしてみた」と追体験を促すことで、起案者は道の選択肢をリアルに感じ取れるようになる。これは、教科書には載らない学びを与える重要な役割だ。
そしてときに「指導者」や「評価者」として、厳しい言葉を投げかけることも必要となる。ただの応援団ではなく、視野が狭くなっているときには軌道修正を促す。こうした多面的な態度を切り替えるスキルこそが、単なるアドバイザーと“本物のメンター”を分ける決定的な違いである。
なんとなくの対話はメンタリングではない
「最近どう?」「困ってることは?」という何気ない会話で終始してしまう──それはメンタリングではない。ただの雑談では、起案者の思考は深まらないし、成長にもつながらない。対話には、構造があり、意図があり、共に問いを深める時間でなければならない。
また、メンタリングとコーチングを混同するケースも多い。コーチングは、相手の中に既にある知識や答えを引き出す手法だ。だが、新規事業の起案者は、まだその前提となる知識や経験を持っていないケースが大半だ。そうした相手に問いかけを繰り返しても、迷いが深まるだけで終わってしまう。
だからこそ、まずはティーチングとトレーニングが必要になる。前提知識や思考プロセスを教え、試し、理解してもらうこと。その上で、ようやく「自分なりの問い」が生まれ、コーチング的な対話が活きてくる。メンタリングとは、こうしたステップ全体を設計・伴走する営みである。
「情熱の炎」を絶やさない
新規事業は、常に順風満帆には進まない。PoCがうまくいかない、想定していた顧客に響かない、社内の理解が得られない──そんな逆風にさらされることは日常茶飯事だ。起案者が「自分には向いてないのかも」と心が折れそうになる瞬間も、一度や二度ではない。
そんなときに、メンターの言葉が支えになる。「それ、面白いじゃん」「その視点は今までなかった」──たった一言でも、心の炎がふっと灯り直す。誰かが信じてくれている、応援してくれているという感覚は、再び立ち上がる勇気をくれる。それが、メンターの見えない力だ。
メンターとは、“答えを出す人”ではなく、“情熱を守る人”である。進むべき道を照らすだけでなく、転びそうになったときに起案者を支え、走り出す気力を取り戻させる存在。情熱の炎を絶やさず、未来へと前進し続けるために──メンターという存在は、起案者にとって欠かせない灯台なのだ。
メンターとは「シェルパ」である
ヒマラヤ登山におけるシェルパのように、メンターは道なき道をともに歩む存在だ。頂上がどこかもわからない、登れる保証もない──そんな不確実な挑戦だからこそ、経験に基づいて道を示してくれる人が必要となる。単なるガイドではなく、荷物を持ち、時に背中を押すような伴走者である。
シェルパはルートを決めつけない。気候や地形、仲間の体力を見ながら都度判断して進路を修正していく。同様に、新規事業におけるメンターも、固定化されたフレームワークを押し付けるのではなく、起案者の状態や環境に応じて柔軟にアドバイスを変えていくことが求められる。
また、メンターが前を歩くことで、起案者は一人で孤独に判断を下す必要がなくなる。判断や行動に伴う心理的負荷を分担できるのも、シェルパ型メンタリングの大きな意義だ。メンターとは、地図のない道を進むための“実践的知”を持ったパートナーである。
経験を語れるか、それがメンターの本質
メンターにとって最も重要なのは、「経験を語れること」だ。体系的に知識を教えることではなく、自らの成功と失敗を開示し、それを通じて起案者に“追体験”させることが、最大の価値となる。なぜなら、新規事業は理屈よりも感覚の世界に近く、状況に応じた判断が求められるからだ。
起案者は、自分が経験していない状況に直面したとき、判断基準がない。だからこそメンターが「こういうとき、自分はこう考えた」「こう動いて、こう失敗した」という事例を提供することで、起案者の思考と行動の選択肢が一気に増える。これは座学では絶対に得られない学びだ。
しかもこの「経験を語る力」は、スクールで育成できるものではない。実際に事業を作り、顧客と向き合い、挫折し、学び続けてきた人間だけが持つことができる。メンターに必要なのは資格ではなく、実践を積んできた“確かな生身の履歴”なのである。
メンタリングの本質は「ビジョンを尊重し、アイデアを鍛えること」
メンタリングの根本的な目的は、起案者の内なる情熱を守りながら、現実との接続を図ることである。ビジョンには徹底的に寄り添い、共感し、起案者が信じる未来を否定しない。だが一方で、そこへ至る道筋──すなわちアイデアや戦略──には容赦なく踏み込んで、鍛え直す必要がある。
起案者は、ときにビジョンへの愛着が強すぎて、自身の仮説に確証バイアスを抱えてしまう。メンターの役割は、そこに“冷静な他者”として立ち、仮説の盲点や検証不足を指摘し、軌道修正を促すことだ。これは決して否定ではなく、実現可能性を高めるための“応援の一種”である。
ビジョンを信じ続けるためには、それを実現するための手段が現実と折り合っていなければならない。その接続点を築くために、メンターは情熱を守りつつ、論理を磨く。だからこそ、優れたメンターは“共感と批判”という一見矛盾する力を、同時に携えているのだ。
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