Q. ひらめきといえば聞こえが良いですが、
“思いつき”で新規事業を始めるのって、
危ないように思えます。
もっときちんと調査して、
エヴィデンスを揃えてから動くべきではないでしょうか。
✔︎ 「衝動」から始まる事業こそ、本物のイノベーションを生む
✔︎ 直感は否定せず、社会との接点で磨き上げることが重要
✔︎ 妄想を戦略に、ひらめきを構造化せよ
「ひらめき」を排除することこそ危うい
多くの人が「思いつきのアイデアは危ない」と考える。
確かに、思いつきだけに依存して事業を進めれば、独りよがりで市場と乖離したものになってしまう。
しかし、逆に問いたい。
「ロジックとエヴィデンス」だけで積み上げて、勝ち筋が見出せることが、果たしてどれほどあるだろうか。
イノベーションとは、既存の常識や構造を乗り越える行為だ。
しかしエヴィデンスは既存の常識や構造の中にしかない。ロジックはそれを組み合わせることで成立する。
つまり、イノベーションは、論理の積み上げだけでは生まれないのである。
既存の常識や構造に論理的に当て嵌めるのではなく、直観・直感的に感じた違和感や危機感から「ひらめき」を感じたアイデアこそが、イノベーションの源泉となる。
また同時に、衝動を感じることも重要だ。
「なぜそれをやりたいのか?」
「その未来に心が震えるか?」
これが情熱の源泉である。
イノベーションの起点には「ひらめき」と「衝動」は欠かせない。
既存の常識や構造から外れることを、顧客さえも喜んで選ぶような心を動かす事業が、それらを出発点に据えずしてどうして生まれ得るだろうか。
「妄想」から「戦略」へと昇華させるプロセス
ひらめきは火花のようなものだ。
ただし、火花をそのまま炎にするには、着火材と風と燃料が必要である。
ひらめきが生まれたあとには、それを「社会の文脈」と「フィードバック」にさらすことが重要になる。
「社会の文脈」とは、コンセプトに言語化することだ。
未来の顧客行動を描くビジョン、社会的意義としてのパーパス、そこにおける顧客への独自の提供価値(UVP)が含まれる。
「フィードバック」とは、まさに顧客に評価を受けることである。
コンセプトやアイデアをぶつけて、それが絶対に欲しいという「N=1」の顧客を見つける。
その過程において晒された批評を受け入れ、咀嚼し、インサイトに落とし込んで、大なり小なりの方向転換を繰り返す。
このイテレーションを繰り返すからこそ、ひらめきが暴走することなく、「意味のある挑戦」へと昇華される。
誰も見たことのない未来を描く
コンセプトの中でも、「未来の顧客行動を描くビジョン」を言語化することほど重要なことはない。
「もっと速い馬が欲しい」と答える顧客の声を超えて、自動車を生み出したヘンリー・フォード。
スマホが欲しいなんて誰も言ってなかった時代に、iPhoneを世に出したスティーブ・ジョブズ。
彼らに共通するのは、直感を信じる勇気と、圧倒的な妄想力と、未来を構造化する力だ。
最初の点(ひらめき)を、どう線に変えるか。そして面として事業に昇華させるか。
そのためにもビジョンを解像度高く、手触りのある形まで具現化していく必要がある。
それがあればこそ、それを実現するための手段としての事業アイデアが具体化できる。プロダクトの仕様に落とし込むことができる。
また、実際にアイデアへのニーズがなかったときも、正しく方向転換ができる。
新規事業の多くの失敗は、このプロセスを省いて、直感のアイデアに固執したまま顧客と向き合っていることが根本的な原因となっている。
方向転換する軸もなしに、アイデアに固執するから、せっかく顧客に300回会いに行っても、そのほとんどが仮説検証とはならずに無駄な時間になってしまっているのだ。
直感を事業に落とし込むためにこそ、まず最初に「未来の顧客行動を描くビジョン」を言語化することから始めるべきである。
直感を使う人は「学びと反復」を繰り返している
直観は、経験知の集積から生まれる、無意識による”高速な判断”だ。
直感は、経験によって培われた価値観による”感情の揺らぎ”である。
いずれも、学習と反復を重ねてきた人間にしか、鋭い「ひらめき」は宿らない。
何も知らない状態での思いつきは、確かに”思いつき”で終わる。その危険性は多分にある。
多くの人が”思いつき”で始めることにリスクと感じるのは、わからない領域におけるものだからだ。
しかし、自分の専門領域においては、人々は日々その”思いつき”を活かして仕事をしているものである。
だからこそ、自分の知らない領域を、よく知っている人の”思いつき”は、一定程度尊重すべきともいえる。
また逆に、意味のある”思いつき”を捻り出すためにこそ、自分が挑戦したい市場においては、誰よりも詳しくなるために情報収集や思考実験という大量行動は欠かしてはならない。
情熱と現実を往復せよ
最後に、新規事業の出発点に立つすべての人に伝えたい。
始まりは「ひらめきと衝動」でいい。
「顧客の課題」「市場のトレンド」「スタートアップの動向」などといったエヴィデンスはいらない。
「なぜか分からないけど、絶対に行けると確信している」
「なぜか分からないけど、やらずにはいられない」
——それがイノベーションの衝動だ。
もちろんそれがイノベーションの成功のための十分条件とはならない(あれば必ず成功するわけではない)。
しかし、必要条件ではある(それがなければ成功しえない)。
それを十分条件とするためには、その衝動を社会と接続することが求められる。
情熱と現実の間を往復し続ける。
その往復運動としてのイテレーションこそが、ひらめきを事業へと育てていく行動である。
ひらめきから始めていい。
ただし、ひらめきだけで終わるな。