デザイン思考は、イノベーションの万能薬ではない

デザイン思考は、イノベーションの万能薬ではない

デザイン思考が広まるにつれ、新規事業界隈には”デザイン思考原理主義者”が続々と生まれています。

「顧客と徹底的に向き合え」
そうして今日も顧客のインタビューに時間を割いていることでしょう。

確かに顧客と向き合うことは非常に重要です。顧客と向き合わねば見えないことがある。顧客と向き合うからこそ見えることがある。その小さなヒントを見逃さずに捉えることができれば、未来を変える大きなイノベーションに繋がる道を切り拓くことができます。

しかし同時に、顧客と向き合ったからといって、イノベーションに繋がるとは限らないことを理解しなければなりません。「顧客は自分の過去や現在について語ることはできても、未来のことを語ることはできない」ということが、デザイン思考原理主義者には欠けているようです。

Web系やアプリ系のto C向けのサービスなら、それでもイノベーションが生まれる可能性は大いにありえます。今の顧客の課題を徹底的に深掘り、そこに存在する代替手段(今顧客がとっている課題の解決方法)では解決しきれない課題を理解し、それを解決することで圧倒的な提供価値を実現する。それで世界を変えた例は確かに数多く存在します。

一方で、それでは破壊的イノベーションが実現できないことも数多くあります。顧客と徹底的に向き合うことは、今の事業の漸進的イノベーションに繋げることはできても、破壊的イノベーションに繋がることが難しいマーケットは確かにあるのです。

例えば自動車産業。ガソリン自動車から電気自動車への転換はまさにそれで、デザイン思考のアプローチでそこに辿り着くことは到底難しいものです。

この場合に有効となるのは「未来への妄想」です。ガソリンの枯渇や地球温暖化などのメガトレンドに対して、必要な技術開発を追求する。顧客起点ではなく未来起点でのイノベーション。これはデザイン思考から生み出されることはありません。

フォードが自動車を作った瞬間もまさにそれでした。移動手段が馬しかなかった時代に、顧客に徹底的に向き合っていたとしたら、「もっと早く走る馬が欲しい」「病気にならない馬が欲しい」「餌を食べない馬が欲しい」という声を拾い上げて、馬の品種改良こそが最適なソリューションであるという答えに辿り着いていたことでしょう。

イノベーションのヒントは確かにデザイン思考のアプローチで導き出されるでしょう。顧客の行動にこそ、未来へのヒントが隠されているのは間違いありません。そのとき馬の品種改良という安直なソリューションから脱して、顧客のインサイトとして「安定的な移動手段の確保」という概念に辿り着き、そこから先の未来を妄想することができたからこそ、フォードは自動車の開発に着手したのです。

業界、マーケット、導き出したい未来によっては、デザイン思考によってヒントを得られたとしても、インキュベーション、アクセラレーションのフェーズには、デザイン思考が適さないケースがあります。そのことを理解した上でこそ、デザイン思考が活きるのです。原理主義者になってはいけません。デザイン思考もイノベーションの一つの手段でしかないことを肝に銘じて、取り組んでいきましょう。

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ビジネスクリエイター、インキュベーター、アクセラレーター、コンサルタント。エンジニアとして、PHP/HTML/CSSのマークアップ言語によるWebサイトの制作、SEOエンジニアリング、アクセス解析アナリストを経験した後、IT領域の技術/潮流をベースとしたエスタブリッシュ企業向けのコンサルタントを経て、複数のIT企業にて、Web/アプリ系、O2O系、IPライツ系の新規事業立ち上げに注力。事業開発から経営企画業務まで、事業および会社立ち上げに関する業務を幅広く経験。また、シードフェーズのベンチャー複数社の立ち上げへの参画や経営戦略・組織戦略・PR戦略へのアドバイザリー、メンター、複数のアクセラレーションプログラムのメンターも手がける。