Q. 事業化を部門横断チームで進めるにあたり、嘱託社員(定年後再雇用や専門契約などで、専門性を持つExpert人材)がメンバーに加わった場合、どのような業務分担が望ましいか。その専門性を、チームの中でどう活かせばいいか。
- 専門家の価値は「答え」ではなく「資源」として使うときに最大化する
- 経験・人脈・胆力は強みだが、“答えを教えるモード”はチームの学習を奪う
- 専門家は意思決定者ではなく、探索を加速させる触媒として配置する
専門家を「答えを持つ人」にした瞬間、チームは考えなくなる
新規事業チームに、豊富な経験を持つ専門家が加わる。 定年後に再雇用されたベテラン、特定領域で長年やってきた専門契約の人材。心強い、と誰もが思う。だが、使い方を間違えると、この心強さがチームの探索を根っこから壊す。
一番の地雷は、「答えを教えるモード」だ。 経験豊富な専門家は、多くの場面で「こうすればいい」という答えをすでに持っている。若いメンバーが悩んでいると、つい教えたくなる。それは善意だ。しかし新規事業、特に何が正解かわからない探索フェーズにおいて、先回りして答えを渡すことは、チームの学習機会を奪う行為になる。
事業を育てるのは、メンバーが自分たちで仮説を立て、顧客にぶつけ、外れて、立て直すという反復のプロセスそのものだ。そのプロセスを専門家が「時間の無駄」と感じて答えを先取りすると、チームは考える前に「先生の答えを実行する組織」に変わる。指示待ちのチームからは、事業は生まれない。
もう一つの地雷は、過去の成功体験の押し付けだ。「以前、うちでやった時はこうだった」という語りが、目の前の顧客への観察より大きな力を持ち始めると危うい。市場も顧客も技術も、当時とは変わっている。過去の正解は、今の正解とは限らない。専門家自身が一番、これを自覚しておく必要がある。
専門家の本当の強みは、経験・人脈・胆力という”資源”にある
では、専門家は不要なのか。 まったく逆だ。使いどころさえ間違えなければ、若いチームには絶対に持てない強力な資源になる。
一つは、経験に裏打ちされた勘所と、規制・商慣習の読みだ。 「この業界の意思決定はこう動く」「ここは法規制で必ず引っかかる」という土地勘は、若手が何ヶ月もかけて痛い目を見ながら学ぶことを、一気にショートカットさせる。ただし、これは「答え」ではなく「警告」として使う。進む道を決めるのはチームで、専門家は地雷の在りかを教える役だ。
二つは、人脈だ。長いキャリアで築いた顔の広さは、初期の壁を突破する武器になる。会いたい相手へのアポイント、最初の顧客候補の紹介、取引先や行政との折衝。ゼロから信頼関係を作らねばならない若手にとって、この「橋」があるかないかで、検証のスピードが何倍も変わる。
三つは、胆力だ。新規事業は失敗と否定の連続だ。若いメンバーが折れそうになったとき、「これぐらいは普通だよ」と平然としていられる存在は、チームの心理的な安全弁になる。この落ち着きは、修羅場をくぐった人間にしか出せないものだ。
「決める人」ではなく「橋渡し」として配置する
専門家をチームに入れるとき、業務分担の設計で一番大事なのは、「意思決定の中心に置かない」ことだ。
専門家を意思決定者にすると、その経験の重みで、チームの結論が自動的にその人の見立てに引き寄せられる。 若手は反論しにくい。結果、部門横断でせっかく多様な視点を集めたのに、一人のベテランの過去の常識に収束していく。これでは新規事業をやる意味がない。
だから、専門家の役割は「資源の提供者」として明確に切り出す。具体的には、人脈を使ったアポイント獲得、最初の顧客候補への橋渡し、規制や商慣習の落とし穴の事前警告、業界構造のインプット。こうした「現場を広げる」働きに集中してもらう。「正解を渡す人」ではなく、「チームが正解にたどり着くための道を広げる人」だ。
もし専門家が「チームの中身に口を出したい」という意欲を持っているなら、それを封じる必要はない。むしろ活かす。ただし、その発言をそのまま「結論」にしない仕組みを置く。ファシリテーターがいるなら、「Aさんはこう見ていますが、みなさんはどう考えますか」と、専門家の意見をチームへの問いに変換する。専門家の経験を「答え」ではなく「考える材料」に変えるのだ。この一手間があるだけで、ベテランの知見とチームの創造性が、はじめて噛み合う。
専門性は、触媒になったとき最大化する
専門家の価値は、その人が何を知っているかで決まるのではない。 その知識を、チームの思考をどれだけ加速させる形で差し出せるかで決まる。
答えとして渡せば、チームの思考を止める。 資源として渡せば、チームの思考を速める。同じ経験、同じ人脈、同じ知識でも、置き方ひとつで、事業を殺す毒にも、事業を伸ばす触媒にもなる。
だから、専門家を迎えるときに最初にやるべきは、肩書や敬意で祭り上げることではない。「その経験は、答えではなく資源として最大に活きる」という役割の握りを、本人とチームの双方に、はっきり言葉にしておくことだ。
専門性は、正しく置かれたときにこそ、チームの中でいちばん深く効いてくるのだ。
THE SEEDS 81
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