イノベーターはエゴイストであるべきです。目の前にある「当たり前」といわれる常識や慣習、ルールに縛られず、自身の価値観から「世界はこうあるべき」と定義して、それを実現するためになるふり構わずその実現に向けて突き進む。その姿はまさにエゴイストそのものです。
スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、イーロン・マスク…。世界を大きく変えたイノベーターは皆エゴイストであるというのは、誰もが疑う余地はないはずです。
しかしこと日本においては、特に日本の大企業においては、エゴイストであることをよしとしません。周りに合わせて、角を取り丸くなり、平均点的人材になることが強制されます。それでイノベーションを実現することはできるのでしょうか。
そこで「世界一のエゴイストでなければ世界一のストライカーになれない」と掲げ、日本サッカーや実在の選手を卑下するような描写から話題になった、史上最もイカれたサッカー漫画「ブルーロック」から、未来を切り拓く資質を学びます。
「ブルーロック」に学ぶ未来を切り拓く資質
帝襟アンリはブルーロックプロジェクトの記者発表の席で、日本をW杯優勝に導くためのストライカーを育成しようという「青い監獄(ブルーロック)プロジェクト」を発表しています。記者からは批判の声が多くあがりました。それに対して、帝襟アンリは声を大にして叫びます。
また同時に絵心甚八は、「オニごっこ」を通過した潔世一たちに、一次選考の内容を説明します。
”あと一歩”先に行くために、日本サッカーは今こそ死ぬべきです

日本サッカーは本当に強くなった
でもその”あと一歩”先へ行くために
日本サッカーは今こそ死ぬべきですだって先人たちが夢見たのは「W杯出場」
そして「日本サッカーが世界に通用する」と証明することだった…
いつか見た私たちの夢はもう役目を終えたんです…
なら! 今こそ日本サッカーは新しい夢を見る瞬間です!
ここからが日本サッカーの新しいステージです!
第二次世界大戦の焼け野原から、僕らの曽祖父母・祖父母たちはスクラップ&ビルドで高度経済成長を築き上げ、一時はJapan as No.1の頂きにたどり着きました。しかしその栄光は長くは続かず、バブル崩壊を経て脆くも崩れ去り、今ボクたちは失われた30年を過ごしています。
そうまさに日本は新たなステージに立たなければならないときにいます。時代の転換点はとうの昔に過ぎ去りました。期せずして世界は新たなステージへと進んだにもかかわらず、日本は未だに過去の栄光にしがみついているのです。
日本の大手企業は、新たなステージを創り出したシリコンバレー発のメガベンチャーにことごとく抜かれていきました。チャイナやインドの企業にも。それにも関わらず未だに過去の亡霊に取り憑かれているのです。「まだ大丈夫」と。
曽祖父母・祖父母たちに特別な力があったわけではありません。ボクらが特別無能なわけでももちろんない。あのスクラップ&ビルドを成し遂げた、人知れずに弛まぬ努力を続けるという精神性や分業によって大きな事を成す組織力は、間違いなく世界で戦う武器になる。ボクらには文化として未だ染み付いているものです。
だからこそボクらは、意識的に新たなステージに進むことが必要なのです。それは過去の昭和の残滓のような価値観によって組成された文化や制度、体制、組織を破壊すること。イノベーションとはカウンターカルチャーそのものなのです。
そして誰かが意志を持って新たなステージへと立つことを志さねばならないのです。
原点からサッカーをやれ。お前らの頭で0から創り直すんだよ

いいですか?
サッカーは元々点を取るスポーツです
本来は11人全員FWで当たり前なんですお前らの中にバカみたいに刷り込まれている
ポジションや戦術なんてのは
サッカーの進化の歴史で成立してきたただの役割であって
サッカーとは元来
全員がストライカーであることから始まったその原点からサッカーをやれ
お前らの頭で0から作り直すんだよ
事業とは「社会をより良くし、顧客を幸せな未来へと導くこと」です。語源にもその意味は含有されているし、近江商人の「三方良し」から渋沢栄一の「合本主義」「道徳経済合一」まで本来ボクらの精神にはこれは深く刻まれているはず。デザイン思考とはこの事業の原点に立ちかえることに他なりません。
イノベーションのツールとしてのデザイン思考になぜこれほどまでに目を向けられているのか。それは間違いなく既存の日本の大企業が「顧客を幸せな未来へと導くこと」からかけ離れてしまっていることにあるはずです。
クレイトン・クリステンセンは「イノベーションのジレンマ」で、内部の既存事業の「持続的イノベーション」と、とるにたらない競合の小さな「破壊的イノベーション」が組み合わさることで、大企業の没落を招くと説きました。まさに日本はイノベーションのジレンマに陥っているわけです。
世界でも類を見ないほど真面目でコツコツ取り組む気質の強い日本人は、持続的イノベーションには向いていました。焼け野原でモノが存在しないが故に、市場の成長の伸び代が半端なくあった。そしてモノが存在しないからこそ、モノをとにかく作っていればよかった。今よりももっと良いモノを。高度経済成長の時代には技術研究の追求が企業の成長につながったわけです。
しかし市場の成長は止まりました。モノが行き渡ったからです。そしてモノが行き渡ったからこそニーズの成長も止まりました。これ以上新たなニーズは生まれてきません。
だからこそ今破壊的イノベーションが必要なのです。
0から市場を創り直すこと、0から顧客の幸せを見つめ直すことが必要なのです。
たった1人の輝きがチームを、国を、世界を変えていく

日本が世界一になるために最も必要なことは
“11人のチームワーク”じゃない
たった1人の”英雄”なんだよメッシ ネイマール C・ロナウド
その1人の存在によってサッカーは無限に進化する
そいつを止めるためにDFシステムが創造され
それを凌駕するためにまた新しい戦術が生まれるんだたった1人の輝きがチームを 国を!
世界を変えていく!
それがサッカーというスポーツだ!
しかし日本企業はいつまで経っても持続的イノベーションに取り組み続けている。
確かに「顧客の幸せ」を追いかけていることは間違いありません。それを無視しているわけではない。しかし持続的イノベーションは「現在の顧客の幸せ」を追いかけているに過ぎないのです。その目線の先には未来はありません。
破壊的イノベーションが見つめる先は「未来の顧客の幸せ」です。だから現状を否定する。「今の当たり前を壊し、未来の当たり前を作る」のが破壊的イノベーションなのです。
持続的イノベーションに取り組む企業にとっては自分達を脅かす存在であるからです。カニバることはやらないという判断が必ず下されます。
また破壊的イノベーションは、持続的イノベーションに取り組む既存事業側からしたら、最初はとるにたらない存在です。だから必ず無視されます。
そもそも日本企業がイノベーションを起こす可能性はゼロに等しいのです。現在置かれている立ち位置、構造、ビジネスモデル、組織、人材、どれ一つとってみても、イノベーションに辿り着くはずはありません。
じゃあ甘んじて死を受け入れるのか。否。
受け入れないからこそ、今求められるのは、たった1人の「英雄」なのです。
既存の価値観に縛られた人たちを時には仲間につけ、時には打ち倒し、大きなムーブメントを作りながら今までの常識を打ち壊す。新しい常識を生み出し、それを浸透させる。
それは待っていても起こるものではありません。合議によって起こるものでもない。
たった1人の「英雄」による破壊的創造だけが変化の畝りを起こすことができるのです。
さあ、立ち上がれ。英雄よ。
たった1人の輝きこそが、企業を、社会を、国を変えることができる。

今までの常識なんて信じるな 捨てろ
新しい概念を脳ミソにブチ込め

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