新規事業創出の中で「N=1を見つけよう」という話はよく耳にします。想定するターゲット層の中で想定する課題を抱えている人が一人でもいることが、事業創出の起点になる。だからまず向き合うべきは顧客であり、課題である、と。
アイデアを閃くことがデザイン思考の一歩目であり、次にそのアイデアの中にある顧客仮説、課題仮説を実証することがデザイン思考の二歩目であることは間違いありません。
しかしここで重要なのはその「N=1」の深さです。単に、想定した顧客がおり、想定した課題を抱えていたことをインタビューで発見することと捉えているのであれば、それは大きな誤りとなります。その誤りのまま前に進み続けると、「擬陽性」の道へと迷い込むことになるでしょう。擬陽性とは、初期の顧客の好ましい反応を見てそれを過大に評価してしまい、「潜在市場はもっとあるはずだ」と錯覚してしまう罠のことです。
当然のことながら、顧客実在、課題実在が、すなわち即座にソリューションやプロダクトが成立することの証明にはなりません。インタビューで顧客実在・課題実在が証明された時点で、「N=1」が成立したと判断するのは時期尚早なのです。この段階ではあくまで顧客候補が見つかったという浅さに過ぎないのです。
そこからインタビューを重ねた結果辿り着きたいのは「それ絶対に欲しいです。絶対作ってください。応援します。協力もします」という強い共感を表明したユーザを見つけること。このエヴァンジェリスト・カスタマーがみつかったときにはじめてN=1が見つかったと言えるでしょう。
顧客がみつかったなら、チラシや企画書を持ってソリューションの受容性を確認します。もちろん1回だけで強い共感を示してくれることはないでしょう。ノーといわれるかも知れないし、イエスといってもどちらかといえばイエス程度の話かもしれません。そこで必ず聞きたいのは「ネガティブな理由」。ノーと答えた人はもちろん、イエスと答えた人からも「あえて否定するとしたら」という質問を重ねてその理由を引き出します。
その理由が出揃ったらすることは2つ。1つはそのネガティブな反応をした人は本当にターゲットなのかを考えること。特にアーリーアダプターとして「自分ゴト化」に到達する人が難しい人をターゲットに添えてしまっては、いつまで経ってもエヴァンジェリスト・カスタマーに辿り着くことはできません。インタビュー結果をもとに「顧客像」を整理した上で、話を深掘りすべきアーリーアダプターが誰なのか、話を聞くべきではないラガードは誰なのかを明確にしていきます。
次にそのアーリーアダプター候補からの返答だけをもとに、ソリューションアイデアのチラシや企画書を練り直します。ノーの理由をすべて潰すことができたらイエスに転じるはずだということを信じて。
それを2〜3回繰り返すと、その中から「これなら絶対欲しい!」と言ってくれる「N=1」が現れるはずです。このプロセスは「顧客開発」です。エヴァンジェリスト・カスタマーたる「N=1」はすでにそこに存在して発見するのではなく、インタビューを通じて開発するものであるのです。
新規事業やイノベーションはマーケティング活動であるといわれる所以がここにあります。
お薦めコラム
- イノベーションは「自責」によってしか成し得ない
- 目的は「イノベーションを成し、世界をより良くする」こと。それ以上でも以下でもない
- 新規事業は「やる気のある無能」がぶち壊す
- 新規事業に取り組むなら、社会課題は解決しようとしてはいけない
- デザイン思考は、イノベーションの万能薬ではない
- 新規事業のアイデアを評価するすべての大企業の社長・取締役に読んで欲しいと切に願う新規事業メンターからの超長文ラブレター
最新コラム