デザイン思考やリーンスタートアップにおいては、新規事業を顧客とその課題にフォーカスして始めることが求められています。
しかしそれは、顧客像を「20~30代女性」といった年齢層で定義したり、「漠然とした不安」という誰にでも当てはまるようなペルソナを定義したりすることではありません。
新規事業はマスマーケティングではないからです。商品を製造し、流通に棚を確保し、テレビCMを流して売るという既存の商流の中では、顧客像や顧客の課題の解像度が低くても、印象に残るコマーシャルさえ打てば問題ないという側面もあります。
これは既に機能的価値がコモディティ化しており、他社製品と差別化要素は顧客にとってそれほど大きくなく、スイッチングコストが低いがゆえにビジネス構造がそれで定着してしまっているからです。
一方、新規事業は、顧客が機能的価値だけでは解決していない課題に対して、本質的に解決する別の機能的価値を見出したり、そこに体験的価値や自己実現価値を付与することで大幅な価値向上を図ることを目指すものです。
それゆえマスをターゲットにしては「みんなにとって良いものはみんなにとってどうでも良いもの」となってしまうために、絞り込むことが必要になります。
もちろんマスを狙わない。大きな事業規模を狙わないという話ではありません。ターゲットを絞り込んで、アーリーアダプターに圧倒的な価値を提供すれば、その後必然的にアーリーマジョリティやレイトマジョリティを取り込んで、マス受けするプロダクトに成長させることは可能です。
そのためにもアーリーアダプターに刺さり、喜び、積極的にシェアしたくなるほど「圧倒的な価値」を創らねばならず、そのためにこそターゲットは絞り込む必要があります。
例えば、たった一人にしかこの世で刺さらないプロダクトであれば、それはその人にとってはとてつもなく刺さるプロダクトになるというわけです。もちろんたった一人しか顧客がいなければ、それはビジネスとしては成立しませんから、その狭める幅はそれを考慮して設定する必要があります。
一方で、デザイン思考がいくら「観察」だからといって、顧客を観察していればその「圧倒的な価値」に繋がる「本質的な課題」に辿り着けるわけではありません。
「私が顧客に何が欲しいかと聞いたら、もっと早く走る馬が欲しいと言っただろう」
ヘンリー・フォード
フォードが仮に顧客インタビューしていたら顧客からは「もっと早く走る馬が欲しい」「餌を食べない馬が欲しい」「病気にならない馬が欲しい」「気分に変動がない馬が欲しい」などといった意見が出てきたでしょう。これをフォードが真に受けていたら、フォードは馬の品種改良を始めたかもしれません。
顧客は自分の本質的な課題が何で、本当は何を欲しがっているのかがわからず、今目の前にある課題や製品についての評価しかできないのです。
表層的なニーズや課題に対するビジネスアイデアになると、顧客が理解できるレベルということであり、それはマス的なビジネスになります。既に存在するか「みんなにとって良いものはみんなにとってどうでも良いもの」という企画になりがちです。
ビジネスモデル、事業規模、成長戦略などは、それを見つけた後に最後に考えて設計すれば良いのです。それに囚われていては、大抵の場合顧客や課題を矮小化して捉えることに繋がってしまいます。
徹底的に絞り込むことによって、圧倒的な提供価値が設計する。そのために、自分だけが気づいた課題、自分だけが気づいた提供価値に辿り着くことが重要なのです。