新規事業 サプリ

KPIを追いかけ始めた瞬間、本来の目的は後退する

KPIを追いかけ始めた瞬間、本来の目的は後退する
  • KPIは手段だ。手段が目的化した組織では、数字は良くなっても事業は前に進まない
  • 「数字を作る」行動と「価値を作る」行動は、似ているようでまったく別物だ
  • 達成しやすいKPIを設定する力が評価される組織では、挑戦は起きない

数字が良くなっているのに、事業が良くなっていない

新規事業の月次レビューで、よくある光景がある。

担当チームがKPIの達成状況を報告する。会員登録数、月間アクティブユーザー数、平均利用時間——いずれも前月比でプラス。グラフは右肩上がりで、報告の場は穏やかに進む。

ところが、別の数字を並べると景色が変わる。実際にサービスを使って「課題が解決できた」と答えたユーザーの割合だ。会員数が増え続けている期間、この数字がずっと横ばいのまま、というケースは珍しくない。

会員が増えているのに、課題解決率が伸びていない。

チームがこれを把握していないわけではない。ただ、それがKPIに入っていない。KPIに入っていない指標に、組織はリソースを割かない。割けない、と言った方が正確だ。KPIの達成が評価に直結している以上、KPI外の事象への対処は「余力でやること」に追いやられる。


KPIは、最後に観測した現実の切り取りにすぎない

KPIを設定するとき、組織は「何を測れば目的に近づいているかがわかるか」を考える。

だが、この問いは難しい。本当に測りたいものほど、測りにくい。だから測りやすいものを代理指標として置く。ここに罠がある。

代理指標は、本来の目的を完全には捉えていない。顧客満足を測りたくても、NPS(ネット・プロモーター・スコア)は一側面しか映さない。チームの生産性を測りたくても、アウトプット量は質を捉えない。事業価値を伸ばしたくても、短期売上は長期の顧客価値を反映しない。

組織はKPIを達成しようとする。KPIが代理指標である以上、それを最適化しても本来の目的に近づくとは限らない。最悪の場合、KPIを最適化しながら、本来の目的からは離れていく。

この現象には名前がついている。グッドハートの法則だ。「ある指標が目標になった瞬間、その指標は良い指標ではなくなる」——測ることと達成することがすり替わる構造を、半世紀前に経済学者が言い当てている。


「達成しやすいKPIを設定する力」が評価される組織

機能不全が深く進んだ組織には、共通するパターンがある。「KPIの設定交渉に長けた人間ほど昇進する」という構造だ。

目標設定の季節になると、担当者は「達成可能な数字」を上司と交渉する。低く見積もれば達成しやすく、評価が上がる。高く設定すれば挑戦的だが、未達のリスクを負う。

そこで磨かれるのは、達成できる数字を、いかにも挑戦的に見せて握る交渉スキルだ。そして、その交渉がうまい人間ほど高く評価される。

結果として、KPIの数字は事業の挑戦水準ではなく、政治的交渉の産物になる。事業の実態とKPIの間に乖離が生まれ、誰もそれを正面から口にしない。

「今期は達成率110%でした」という報告の裏で、「本来60%が妥当な目標を、設定時に35%まで下げていた」という事実が隠れている。数字は嘘をついていない。嘘をついているのは、その数字の作られ方だ


数字を操作している間に、顧客は離れていく

KPI達成への集中が深まるほど、「数字を作る」行動が増えていく。

アクティブユーザー数を増やすために、プッシュ通知を送り続ける。開封率が欲しいから、カウントの定義を変える。継続率が落ちているから、「30日以内に1回以上ログイン」だった定義を「90日以内」に緩める。売上が読めないから、翌期の売上を先取りする施策を打つ。

これらはすべて、数字を改善する行動だ。そして、顧客に価値を届ける行動とは別物だ。

短期的には数字が改善し、評価が上がる。だが実態は1ミリも良くなっていない。それどころか、数字を操作する施策が顧客体験を削ることすらある。執拗なプッシュ通知はアンインストールを招く。短期の売上先取りは、翌期に穴を空ける。

ボクはこれを「KPI中毒」と呼んでいる。数字の追求が、追求するはずだった本質から組織を引き剥がしていく状態だ。


KPIの隣に、KPIが映していないものを置く

だから、KPIを設定するなという話ではない。

設定したKPIの隣に、「このKPIが捉えていないものは何か」を常に並べて置くことだ。定量化しにくい、けれど本質的なシグナル——顧客が自発的に人へ勧めているか、問題が解決できたと感じているか、また使いたいと思っているか。

これらは数字にしにくい。しにくいからKPIにならない。KPIにならないから誰も見ない。誰も見ないから対処されない。この連鎖が、事業の急所を放置させる

ボクが現場で必ず投げる問いがある。「このKPIを達成したとき、顧客は何か良くなっているか」だ。

答えが「直接はわからない」なら、その指標は代理指標として機能しているかを疑う余地がある。「達成しても顧客は変わらないかもしれない」なら、その指標は目的と繋がっていない可能性が高い。

KPIは道具だ。道具に振り回される組織は、道具の先にあるはずのものを見失っている。数字の向こうには、顧客がいる。その顧客の現実だけが、最終的な評価軸なのだ

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