創造性は、無駄な引き出しの数で決まる
- 効率という名のフィルタリングが、アイデアの根っこを干上がらせている
- 引き出しの多い人間の頭の中では、異質な情報が勝手に化学反応を起こしている
- 無駄を取り戻すことは、創造性への最短ルートだ
効率は創造性を殺す
新規事業のプロジェクトに関わっていると、ブレストの場で「それは関係ないよね」という一言を、もう何度聞いたか思い出せない。 誰かが漫画の一コマから連想したアイデアを口にすると、「で、それが何のビジネスになるの?」と即答が飛ぶ。異業種の話をしようとすると、「うちの業界では」という壁がすっと立つ。その空気を、ずっと見てきた。
面白い企画を出す人間は、そういう場ではたいてい黙っている。 そして飲み会の席で、全然関係ない話のついでに、ポロリとこぼす。
職場では毎日、「関係ある情報」と「関係ない情報」を仕分ける訓練が行われている。業界ニュースを読め、競合を追え、市場データを整理しろ。それ自体は間違っていない。ただ、その仕分けが上手くなるほど、「関係ない引き出し」が静かに閉じていく。
引き出しは、使わなければ固着する。開かなくなった引き出しの中身は、組み合わせの候補から外れる。そうやってボクらは、知らぬ間に「整理された無能」になっていく。
「関係ない」と判断する速度が上がるほど、創造性は失速する。その判断は、ボクらが思っているよりずっと高くつく。
なぜ無駄に見える時間が消されるのか
「効率化」という言葉が、いつからインプットの世界にまで踏み込んできたんだろう。
スマホが手元に来てから、ボクらは移動中も食事中も「隙間時間を活用しろ」と急かされ続けている。 ポッドキャストを聞け、ニュースアプリを入れろ、倍速で動画を消化しろ。時間を有益な情報で埋めることが、勤勉で賢い証明になった。窓の外をぼんやり眺める時間は、「何もしていない時間」に落とされる。
本屋でタイトルも知らない本を適当に手に取る。それは「非効率」に分類される。専門外の展示会にふらっと顔を出す。それは予定から真っ先に削られる。
レコメンドは、ボクらが好きそうなものをピンポイントで届けてくる。親切なようでいて、引き出しを増やす回路を静かに塞いでいる。こうしてインプットは、「すでに知っていること」の延長線上にだけ積み上がっていく。深くはなる。でも狭い。
アイデアが既存の要素の組み合わせだとするなら、引き出しの中身が似たものばかりの頭からは、似たようなものしか出てこない。「ブレストしたのに凡庸なアイデアしか出なかった」というあの現象の正体は、たぶんこれだ。
もう一つ、見落としがちな構造がある。「関係ない情報」を嫌うのは、個人の意志だけの問題じゃない。組織の評価設計がそれを後押ししている。何に時間を使ったかを問う報告書。インプットを業務との関連性で仕分けさせる管理ツール。成果に直結しないインプットは、組織の論理の中では「怠け」にされる。
ボクらは評価を恐れて、無駄を切り捨てる。その切り捨てが、次のアイデアを削っている。
引き出しが多い人の頭の中で起きていること
面白い企画を出す人間を、ボクは職業柄、それなりの数見てきた。 共通しているのは、インプットの「密度」じゃない。「幅」だ。
漫画の話をすれば「それ読んでる」と返ってくる。 町中華の話をすれば「あの定食屋、回転率の組み方が面白くてさ」と転がし始める。専門外の展示会の感想を言えば「あそこの技術、うちのプロセスに使えると思って」とつないでくる。彼らの頭の中では、いつも「あ、これとこれ似てる」という回路が走っている。
ダーウィンが自然選択説を思いついたのは、経済学者マルサスの人口論を読んだのがきっかけだったらしい。生物学とは関係のないテキストを読んでいた頭が、勝手に自分の観察データと接続してしまった。あれは「勉強」の時間じゃない。「無駄な読書」が生んだ結果だ。
引き出しの多い人間の強みは、知識の量じゃない。混ざっている素材の異質さだ。素材が似たものばかりなら、出てくるものも似てくる。バラバラなものが同居しているから、想定外の組み合わせが起きる。アイデアの幅は、深さじゃなくて、この異質さの量で決まる。
ぼんやりしている時、脳はサボっているわけじゃない。むしろ、何かと何かを勝手につなごうとする回路が活発に動いている。タスクに集中している間は、その回路はおとなしくなる。皮肉な話だ。意識的に「集中」しようとするほど、創造的な接続は遠のく。関係ない漫画を読んでいる時間は、脳にとって遊びじゃない。別のレイヤーで、猛烈に働いている。
無駄を意図的に取りに行く設計
では、どうするか。 「余裕ができたら読もう」「いつかあの展示会に行こう」――その「いつか」は来ない。無駄は、意図的にスケジュールするしかない。
月に一度、専門外の展示会や勉強会に一人で顔を出す。 本屋の平積みから、タイトルに惹かれただけの本を即買いする。普段行かない街の定食屋でランチを食べて、厨房の手際をぼんやり眺める。
こう書くと「そんな時間はない」という声が聞こえる。でも、その「時間がない」という判断こそが、創造性を殺している。一日のうちのほんのひと握り、就業時間の一割もいらない。それを無駄な引き出しに振り向けるだけで、ものの見え方は変わる。
組織でも同じだ。社内異動制度やビジネスコンテストは、本来この「無駄な引き出し作り」の仕組みのはずだった。なのに実態は、ただの「業務の延長」になっていることが多い。同じ業界知識を持つ人間が集まって、同じ文脈で考える。それは無駄の創出じゃない。既存の深掘りだ。
組織に意味のある無駄を仕込むなら、職種もバックグラウンドも全然違う人間を、意図的に混ぜるしかない。経理の人間をUXリサーチに座らせる。エンジニアを営業同行に連れていく。業務上は無駄に見えるその配置換えが、引き出しを増やし、接続の幅を広げる。
個人なら、「なんでこれが気になるんだろう」という問いを持ち歩く。展示会でピンときた製品、漫画の一コマで覚えた違和感、町中華の店主の手際。その「なぜ」を放置しない。スマホのメモに一行だけ残しておく。それでいい。
ボクらは無駄を取り戻す
「関係ない情報は切り捨てろ」という考え方は、短期の効率を上げるには正しい。 だが創造性から見れば、回転を上げるために燃料を絞っているのと変わらない。
ボクらは、「何の役に立つかわからないインプット」に時間を使う勇気を、いつの間にか手放した。
面白い企画を出し続ける人間が、なぜ「関係ない」場所をうろつくのか。非効率だからじゃない。創造性の源泉がどこにあるかを、頭じゃなくて体で知っているからだ。
漫画を読む。町中華に行く。知らない業界の展示会に一人で顔を出す。そのどれも、すぐには何の役にも立たない。でも一年後、三年後に、どこかで突然つながる。「あ、これとこれ、同じだ」という瞬間が、ある朝ふいにやってくる。
効率至上主義が正しいと思うなら、それでいい。ボクはそこに賭けない。整理された引き出ししか持たない人間は、整理された答えしか出せない。
創造性は、きれいに棚卸しされた棚の先にはない。うろついて、ぼんやりして、関係のないものにふと引き寄せられる時間の先に、それは宿っている。
だからボクは、今日も無駄を取りに行く。
THE SEEDS 81
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