デザイアパス(ディザイアパス)とは?芝生の「勝手な道」を新規事業に活かす方法
Q. 公園にせっかくきれいな歩道を作ったのに、利用者が歩道を無視して芝生を歩き、そこに畦道ができてしまったという話を聞きました。それは事前に利用者の行動を把握していれば防げたはずです。もし過去に戻れるなら、サウンディングやプロトタイピングでどう防げたでしょうか? 新規事業の設計にも通じる考え方を教えてください。
- 人の自然な行動を無視した計画は、必ず裏切られる
- 地図を描くより先に、現場の足跡を見る
- 制御するのではなく、「自然に通りたくなる道」を舗装する
芝生のショートカットは、マナー違反じゃない
芝生をショートカットしてできた獣道。 これを見て「利用者のマナーが悪い」と言ってしまうなら、新規事業には向かない。設計者の視点で正直に言えば、あれは明確な「設計の見落とし」だ。
設計者が描いた理想のルート(直角に曲がる歩道)と、人間が無意識に求めるルート(最短距離)が乖離していた。それだけの話だ。 人間は設計者の意図通りには動かない。 自分の欲求(Desire)に忠実に動く生き物だ。ここを直視できない限り、同じ話が社内の至るところで繰り返される。
新規事業の「プロダクト開発の失敗」も、根っこはこれと同じだ。 ボクらはつい、エアコンの効いたオフィスで綺麗な図面を引き、「ユーザーはこう動くはずだ」「この機能を使えば便利になるはずだ」と思い込んでしまう。論理的に考えれば、整備された歩道を歩くほうが靴も汚れず合理的かもしれない。だが現実はもっと泥臭い。ユーザーは最短距離を好み、面倒を嫌い、時に怠惰に動く。「数秒でも早く着きたい」という無意識の衝動は、どんなに立派な看板や柵よりも強い。
過去に戻ってこの問題を防ぐなら、「先に人を見て、計画はあと」が鉄則になる。 最初から完璧な歩道をコンクリートで固めない。まずは芝生のまま開放し、人々が自由に歩いた後にできた獣道を観察する。そして、その獣道の上を舗装する。ユーザーを制御するのではなく、ユーザーが勝手にたどった線を、そのまま事業の動線にしてしまうのだ。
言葉のインタビューでは、無意識には届かない
では、具体的にどうすればよかったのか。 事前のサウンディングや観察は、もちろん有効だ。ただし、ここに大きな罠がある。言葉だけで「どこを歩きたいですか?」とインタビューしてしまうことだ。
多くの人は「歩道を歩きます」と答える。 「芝生を踏み荒らします」と正直に答える人はいない。ショートカットは無意識の行動だし、「模範解答」を返したくなるバイアスもかかる。 言葉によるサウンディングだけでは、この無意識の欲求には到達できないのだ。
だからこそ、行動観察(エスノグラフィ)とプロトタイピングが要る。 現地で一日中、人がどう動くかをひたすら観察する。本格的な工事をする前に、仮設のコーンやロープで「疑似的な道」を作り、人の流れがどう変わるかを実験する。あえて未舗装の自由通路を設けて、そこがどれだけ踏み固められるかを計測する。現場に答えを聞くための小さな仕掛けは、いくらでも打てる。
新規事業で言えば、これがそのままMVP(Minimum Viable Product)の考え方に重なる。 高機能なシステムを数千万円かけて作り込む前に、紙芝居やハリボテ、あるいは手動オペレーションで動線を試す。ユーザーがどこで躓き、どこで離脱し、どこに熱狂してショートカットしようとするか。計画段階でこの「摩擦」を発見できれば、修正コストは限りなくゼロに近い。コンクリートが固まってから道を直すには、いったん壊すしかないのだ。新規事業における経営判断は「仮置き」を決断することであり、デザイアパスの観察もまたその仮置きを更新するプロセスそのものだ。
デザイアパス:ユーザーの願望がそのまま道になる
この「ショートカットされた獣道」のことを、建築・デザインの世界ではデザイアパス(Desire Path、ディザイアパスとも表記される)と呼ぶ。 直訳すれば「願望の道」。単なる近道ではない。そこにはユーザーの切実な欲求が、足跡という形で刻まれているのだ。
Twitter(現X)の「ハッシュタグ」や「リプライ(@)」機能も、もともとはユーザーが勝手に使い始めたデザイアパスだった。 会話を整理したくて「#」を使い始め、特定の相手に話しかけたくて「@」を使い始めた。公式機能ではなかったが、運営側はそれを規制するのではなく、正式な機能として実装した。ユーザーが踏み固めた獣道を、後から舗装したのだ。それが正解だった。
新規事業の要諦は、このデザイアパスを見つけ出し、そこを正規ルートとして整備することにある。 「ここを通ってはいけない」と柵を立てる(ユーザーの行動を矯正する)のではなく、「ここが一番歩きやすい道です」と舗装する(ユーザーの願望を肯定する)。そのためには、問い方を変える必要がある。
「この機能は必要ですか?」ではなく、「普段、どうやってこの問題を解決していますか?」と聞く。 これだけで、見える景色がまるで変わる。
言葉は意図を語り、行動は欲求を語る
ユーザーが既に無意識に行っている工夫、裏技、代替手段。 それが、まだ舗装されていないデザイアパスだ。ユーザーに「何が欲しいですか?」と聞けば、答えはいつも「もっと速い馬」だ。ところが「どうやって移動していますか?」と聞くと、「実は近道がある」という本音が出てくる。問いの角度が変わるだけで、見える景色は違ってくる。
行動観察(エスノグラフィ)は、この角度を変える技術だ。 「言葉」ではなく「行動」を、「回答」ではなく「選択」を見る。人がどこで立ち止まり、どこで躊躇し、どこで自然に加速するか。そのデータの中に、設計図には書かれていないユーザーの本音が凝縮されている。
新規事業における最大のリスクは、ユーザーの言葉を信じすぎることだ。 言葉は意図を語るが、行動は欲求を語る。インタビューで「使いたい」と答えた機能が、実際には誰にも使われない。こんなケースは枚挙にいとまがない。デザイアパスの思想は、言葉ではなく足跡を信じる、という認識の切り替えなのだ。
ボクらの仕事は、獣道を舗装することだ
地図を描くより先に、人の足跡を見る。 美しい計画図よりも、泥だらけの靴跡の中にこそ、次のイノベーションのヒントが落ちている。ボクらの仕事は、誰も通らないような新しい道を無理やり作ることじゃない。すでにユーザーが歩き始めた獣道を見つけて、それを誰もが快適に歩けるように舗装することだ。
「設計」とは、利用者を支配することではない。 利用者の無意識の行動を読み取り、その流れに沿った動線を用意することだ。ユーザーがすでに作り始めた獣道を、ボクらは後から舗装するだけでいい。
それだけで、本当に使われるサービスが立ち上がってくるのだ。
THE SEEDS 81
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