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「全員に売る」という思考の怠慢

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「全員に売る」という思考の怠慢
  • すべての顧客を追うことは、誰の心にも刺さらないことと同義だ
  • 閾値を超える深く偏った顧客データこそが真の資産である
  • パーパス無き投資は、大怪我を恐れた「ごっこ遊び」に過ぎない

すべての顧客に愛されようとするな

新しい市場を開拓するぞと意気込むと、すぐに「誰にでも受け入れられる最大公約数的な製品」を作ろうとする組織がある。企画書に書かれるターゲット層は「20代から50代の男女すべて」になり、機能一覧には誰もが「あったら便利かもね」と頷くような無難な機能が並ぶ。だが、それは戦略ではない。ただの思考の怠慢だ。

資源を薄く広くバラ撒く総花的な投資を行えば、結果として誰にも深く刺さらない凡庸なものが出来上がる。 顧客起点とは、最初からあらゆる層に愛される八方美人を目指すことではない。

むしろその逆だ。誰かにとっての「なくてはならないもの」「手放せないもの」を目指すことである。特定の層に狙いを定め、彼らの課題に深く突き刺さるように絞り込む。「なぜこの機能がないのか」と文句を言いながらも毎日使ってしまう一部のユーザーの声に耳を傾ける。

薄く広く集めたアンケート結果など、ノイズでしかない。ボクらが必要としているのは、少数の顧客による深く偏執的なフィードバックだけだ。定量的・定性的な濃密な顧客データが不足した状態では、そもそも質の高い「学習」など成立しない。

薄く広いデータはゴミ箱へ

日本企業の多くは、最初から全国展開やマス向けのプロモーションを想定して物事を進めたがる。 だが、初期段階での強引なスケールアウトは、事業にとって毒になることが多い。

一部の熱狂的なファン(アーリーアダプター)が何を考え、どの機能で迷い、画面のどこをクリックしているのか。その解像度を極限まで高めることこそが、事業立ち上げ期の最重要課題だ。

そのためには、一見すると非効率で泥臭いアプローチを取らざるを得ない。 一人ひとりのユーザーに直接会い、プロダクトを実際に操作している横顔を観察し、言葉の裏側にある「本当の面倒くささ」を抉り出す。

この地道な学習プロセスをすっ飛ばして、マクロなアンケートデータだけを眺めて「市場規模は十分、イケる」と判断するのは大いなる勘違いである。薄く広いデータからは、平均的な顔のない群衆の姿しか浮かび上がらない。イノベーションのヒントは、常にその平均から外れた特異な熱狂や、使い方の工夫の中に潜んでいる。

Amazonの狂気と、投資の「閾値」

Amazonの創業期のエピソードは、事業を創る上で示唆に富んでいる。 彼らは長い赤字の期間、決して短期的な利益に飛びつくことはなかった。彼らが欲したのは目先の売上ではなく、顧客の細かな行動データであり、UIやUXの極限までの洗練だった。

顧客のニーズを突き詰める過程で、彼らは「ワンクリックですぐに商品を手に入れたい」というユーザーの強い要望に気づいた。だからこそ、巨大な自社物流システムの構築という、インターネット企業らしからぬ巨額投資を断行し、株主からの批判を一身に浴びたのだ。

その根底にあったのは、ユーザー体験への徹底的なこだわりと、長期視点の投資というブレない軸だ。 彼らは、特定の領域に資源を集中し、泥臭い顧客データを積み上げ、やがて臨界点(閾値)を突破してみせた。

ニーズが多様化し、細分化された現代において、全員の顔色をうかがうプロダクトなどそもそも作れるはずがない。だからこそ、自社が資金と時間をつぎ込んで検証する「注力分野」をまず明確に切り出す必要がある。

そこにリソースを集中投下し、実験を通じた顧客との対話から、生々しい行動データを収集する。最初は赤字が先行する「死の谷」を歩くことになるだろう。

だが、その顧客理解の深度が一定の「閾値」に達した瞬間、サービスの手触りは一変し、一気にマネタイズへと繋がっていくのだ。

最初は「スケールしない非効率なこと」にあえて全精力を傾ける。それが、結果として巨大なスケールを生み出す唯一の逆説であり、真理である。

パーパス無き投資は「中途半端な撤退」を生む

問題は、こうした「死の谷」を越えるための集中的な投資と長年の泥臭い実験を、大企業が続けられるかという点だ。 そのためには、強靭な信念が要求される。自社が社会や顧客に対してどのような立ち位置で、どんな価値を提供するのかという「パーパス」が不可欠なのだ。

持続的な価値を探求するパーパスが明確でなければ、組織はすぐに短期的なROI(投資利益率)の呪縛に取り憑かれてしまう。実験が成果を生む前に、「今期の利益に貢献していないから」「既存事業とのシナジーが薄いから」と理路整然と批判され、あっさり投資は打ち切られる。この悲劇を、ボクらは何度会議室で見せられてきただろうか。

自らの存在意義から目を背け、本気の投資を避ける企業。 中途半端に手を出しては撤退を繰り返す組織は早晩、圧倒的な強みと執念を持つチャレンジャーたちによって、市場の舞台から静かに退場を迫られる。

ボクらは、誰に愛されたいのか。たった一つの刺さる体験を極限まで磨き上げ、そこにすべてを賭けるパーパスを持つこと。それが、投資という行為の本来の意味である。

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