「成功体験」という過去のシステムを解体せよ
- 過去の成功法則は、今の時代における成長の足枷だ
- 「変化しないこと」を前提とした効率化は弱みに反転している
- 計画通りに進めるだけの「ごっこ遊び」から降りる時だ
高度経済成長期の幻影にすがる組織
日本の大企業には、いまだに埃まみれの成功体験が残っている。それはかつての高度経済成長期、良いモノを作れば確実に売れ、右肩上がりの成長が約束された時代に築き上げた「必勝の型」だ。そこには疑いようのない勝利の方程式が存在していた。
当時は、市場全体が拡大を続けるという大前提があった。 市場環境や顧客ニーズが今後も大きくは変化しないという「暗黙の前提」を置き、これと決めた高品質な製品を大量に供給し続けることが正義だったのだ。
長期で腰を据えたR&D、不良品の発生を未然に防ぐ厳格な品質管理、そして徹底した生産効率の向上によるコストダウン。それらが日本企業の圧倒的な強みだったことは、誰の目にも明らかである。
だが、時計の針は止まらない。 人口は減少している。多くの人にモノは行き渡った。前提条件が変わったのだ。
にもかかわらず、その「必勝の型」を捨て切れない組織が多すぎる。「良いものを作れば売れるはずだ」と、いつまでも自社の技術力だけを磨き続ける。かつてボクらを勝利へ導いた強固なルールが今、ボクらの首を静かに締め付けているのだ。
効率化という名の足枷と「変化しない」前提
環境変化を前提としない世界においては、一度決めたルールを忠実に守り、その枠からはみ出さないことが圧倒的に効率的である。 上意下達のピラミッド組織で、歯車のように正確に業務を遂行する。品質のブレをなくし、期初に立てた計画通りに進捗を管理する。それが全体最適へ繋がっていた。
だが、顧客のニーズが多様化し、競合が突然テクノロジーを武器に別の業界から参入してくる現代において、「ルールからはみ出さないこと」は思考停止と同義だ。市場が成熟し、他社と差別化できる独自の価値を模索し続けなければならない今、かつてのルール遵守の文化は完全に「弱み」へと転じている。
新規事業の提案会議で、「これは当社の既存の強みを活かせるのか」「既存ルートに乗せられるのか」という質問が真っ先に飛んでくる企業がある。 過去の精緻な海図にしがみつこうとする典型例だ。
新しいルールで戦うゲームが始まっているのに、旧ルールの効率性ばかりを気にする。成長の足枷になっているのは、不況でも競合でもなく、他でもないボクら自身の成功体験なのだ。
実験を許容できない「無謬性」の弊害
新しい価値を創出するためには、「実験」が不可欠だ。 仮説を立て、市場に問い、失敗から学ぶ。だが、過去の成功モデルに染まりきった組織は、この「失敗」を極度に恐れる。「計画通りに進まないこと」を悪とし、「ノーミスでやり切ること(無謬であること)」を無意識に強要するのだ。
計画通りに進むことだけを良しとし、想定外の事態を「エラー」として排除しようとする。その結果生まれるのは、百発百中を装った当たり障りのない矮小な提案か、経営陣を安心させるためだけに作られた「イノベーション・シアター(ごっこ遊び)」である。
彼らは会議室で、架空の売上予測と精緻なエクセルの事業計画を作ることに必死になるが、そこに顧客の生きた声は存在しない。
他社と差別化できる独自の価値は、会議室の机上ではなく、実際にプロトタイプを作っては壊すという実験の果てにしか生まれない。無傷でいようとする組織、失敗のコストを事業の経費として払おうとしない組織に、新しい事業の種が芽吹くことはない。
完璧主義がもたらす致命的な遅れ
品質は命だ。日本企業が誇るべきその美学は、ボクも決して否定しない。 しかし、存在するかどうかも分からない未知の顧客ニーズに対して、最初から100点の完成度を求めるのはナンセンスである。
MVP(Minimum Viable Product;実証可能な最小限の製品)という言葉が定着して久しいが、ボクらが必要としているのは、バグのない美しい完成品ではなく「顧客から学びを得るための試作品」だ。パワポの「絵」のモックアップでもいい。粗削りな状態でも、いち早く市場に出し、顧客がどこで躓くのかを見る。そのスピード感こそが、現代における新しい質の定義である。
完璧主義は、新規事業の世界ではただの言い訳に過ぎない。 準備が完璧に整い、すべての法的・技術的リスクが法務部によって排除されるのを待っていたら、競合はすでにプロダクトをリリースし、改善のサイクルを回し始めている。遅すぎる完璧は、もはや欠陥品以下の価値しかないのだ。
過去の精緻な海図を手放せ
ボクらは、現実を真っ直ぐに直視しなければならない。 日本企業を世界に押し上げた誇り高き方程式は、特定の時代における局地的な戦術であり、すでに賞味期限を迎えたのだと。
ルールを守る組織から、ルールを再定義する組織へ。ノーミスを愛する文化から、小さな失敗からの学びを尊ぶ文化へ。過去のシステムのかつての輝きを、自らの手で解体する時だ。
恐れる必要はない。失うものは、すでに機能していない過去の幻影だけだ。まずは「計画が外れること」を前提にして、小さな実験を始めよう。新しい時代は、その泥まみれの第一歩からしか始まらない。
THE SEEDS 81
イノベーションの種を撒き散らかす手紙。
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