Q. サーフィンの波の例えで「浜辺で波を見てから沖に出ても遅い」という話に納得しました。では、「沖に出ている」状態とは具体的にどういうことでしょうか? 単に「行動し続けている」ことと同義と捉えてよいのでしょうか? その感覚をより具体的に教えてください。
- ︎ 「沖に出ている」とは、ビジョンという「羅針盤」を持ち、あえてノイズ(カオス)に触れ続けている状態
- ︎ 効率的な情報収集を捨て、一見無駄に見える「ノイズ」の中にこそ、未来の波の予兆がある
- ︎ 意志を持って動き続け、カオスと戯れていれば、あなたは既に沖にいる
「沖に出ている」=「意志を持ってノイズの海にいる」
結論から言おう。「沖に出ている」とは、単に海に浮かんでいることではない。「ビジョンとパーパスという羅針盤を持ち、あえてノイズ(カオス)に身を浸しながら行動し続けている状態」のことだ。
**多くの人が勘違いするのは、「効率的に正解を探そう」とすることだ。**しかし、波(イノベーション)は、既存の情報の延長線上にはない。AIのリコメンドや整理されたニュースといった「綺麗な情報」の外側、つまり「ノイズ」の中にこそ、次の時代の種が埋まっている。
ビジネスにおいて「行動し続けている」だけでは不十分だ。羅針盤を持たずに闇雲に動くのは、ただの漂流だ。重要なのは、「自分は何を成し遂げたいのか(ビジョン)」という強い意志を持ち、その上で、理解不能なものや異質なもの(ノイズ)に触れに行っているか、だ。
羅針盤・ノイズ・行動のループ
**具体的に「沖に出ている状態」を分解してみよう。**私は以下の3つの要素が循環している状態だと定義している。
① ビジョンとパーパス(羅針盤)
**あなたの中に「揺るぎない意志」はあるか。**これがないと、ノイズの濁流に飲み込まれるだけだ。「私はこうしたい」という強いコンパスがあるからこそ、脳は無意識に、膨大なノイズの中から「意味あるシグナル」を選び出すことができる。
② ノイズへの接触(カオスへのダイブ)
**効率や正解を求めていないか。**誰かが整理した情報はコモディティだ。現場の生の声、理解できない若者の流行、全く異なる分野の知見――そうした「汚くて混沌とした一次情報」に自ら飛び込んでいるか。波の予兆は、この「一見無駄なノイズ」の中にしかない。
③ 意志ある行動(仮説の検証)
ノイズから感じ取った違和感を、放置せずに行動に移しているか。「もしかして、これは未来の欠片ではないか?」という仮説を立て、誰かにぶつけたり、小さな実験を繰り返しているか。
**この3つが回っていれば、あなたはもう沖に出ている。**カオスの中に身を置くことは不安だが、羅針盤(意志)さえあれば、それは遭難ではない。探検だ。
見えない段階で「無駄」を楽しむ勇気
「沖に出て波を待つ」というのは、**“波が来ていない段階で、効率を捨てて(ノイズに触れて)、意志を持って動き続けている状態“**を指している。
**大切なのは、「待っている」ように見えて、実は能動的に「カオス」を取り込んでいることだ。**たとえば、目的なく街を歩く、全く違う業界の人と話す、わけのわからない本を読む――これらは全て、効率主義の視点では「無駄」に見える。だが、これこそが「波を読む」ために必要不可欠なのだ。
波が来てから浜辺を出発するのでは、絶対に間に合わない。 波は一瞬で通り過ぎる。だからこそ、波が見えない段階で、不確実でノイズだらけの海に身を投じ、動き続けることが重要となる。
成果が出ない時期は苦しい。 「自分は無駄なことをしているのではないか」と不安になることもあるだろう。だが、自分のビジョンを信じ、ノイズを楽しんでいる限り、あなたは遭難していない。ただ最前線で、次の時代を迎えに行っているだけだ。
結果が出ていなくても、意志を持ってノイズに触れていれば、すでに沖にいる という感覚を、ぜひ誇りに思ってほしい。その姿勢こそが、イノベーターの証なのだから。
THE SEEDS 81
イノベーションの種を撒き散らかす手紙。
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