**歴史の浅いアメリカという国は、フロンティアを開拓したイノベーターの国です。**誰しもアメリカン・ドリームを掴むために、自由にイノベーションに挑むことができます。アメリカの文化というものは、その根底に成り立っています。
そんな国だから、アメリカでは企業には法律やルールを破ってでもイノベーションを実現すべき「フィデューシャリー・デューティー」という責任を負うという考え方があります。
そこに法律やルールのグレーゾーンがあるならば積極的にイノベーションによって突破し、常識を覆し、新しいイノベーションを起こしていくべきと、アメリカでは考えるのです。
一方、日本ではお上が作った法律は破るべきではないし、経営層が作ったルールは犯すべきではないと考える傾向が非常に強いのは、皆さんもご存知の通りです。
アメリカではタクシー配車アプリのUberやLyft、相乗りマッチング(ライドシェア)のViaなどのモビリティ・サービスが発展したのに対して、日本ではタクシー業界のしがらみや道路運送法などの法律によってモビリティのサービスは全く発展できず、多くのスタートアップの挑戦が潰されていきました。
日本ではスタートアップであろうが、大企業であろうが、ステークホルダー間の利害調整の「対話」をしない「ディスラプト」は日本では受け入れられません。対話を積み重ねた漸進的イノベーションしかできないのです。
それを「日本オワコン」と条件反射のように無思考に批判するのは簡単です。世界でも稀にみる超安定的な社会を利害調整によって構築してきたこともまた事実で、ボクらはその恩恵を受けてきたわけです。
欧米型のイノベーションがすべて正解なわけではありません。日本型のイノベーションが世界を席巻し、Japan as No.1といわれた時代は間違いなくそこにありました。今僕らに必要なのは日本型のイノベーションの在り方は模索していくことです。
それは少なくとも法律やルールに縛られすぎることではないはずです。日本型のイノベーションにおける「自由」がどうあるべきか こそ、イノベーションを創出するための環境づくりにおいて意識すべきことでしょう。
イノベーションに対するフィデューシャリー・デューティーを大企業経営層が意識的に経営戦略に取り込んでいくことこそが、日本のイノベーションには欠かせないのではないかということをしっかり考えていくべきなのです。
THE SEEDS 81
イノベーションの種を撒き散らかす手紙。
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