Q. 改めて市場調査を進めたところ、当初の事業計画で想定していたほどの規模がない可能性が出てきました。正直に試算値を修正すると、社内から「小さすぎる」「やる意味がない」と一蹴されるのではないかと不安です。このまま強気の数字で突き進むべきか、それとも現実を突きつけるべきか。どう振る舞うのが正解でしょうか?
- 数字を「盛る」ことは、未来の自分に毒を盛る行為と同じである
- 小さな市場は「検証の砂場」。そこから広がる派生事業の連続性を説け
- 「現在」の規模ではなく、「起点」としての価値を見せろ
嘘の数字は、事業の息の根を止める「死のスパイス」だ
ビジネスプランを策定する時、誰もが「大きく見せたい」という誘惑に駆られる。特に大企業の役員会議では、100億、1000億という景気の良い数字が踊らなければ、土俵にすら乗せてもらえないこともある。しかし、そこで実態と乖離した数字を書いてしまった瞬間、その事業は緩やかな死に向かい始める。
なぜか。嘘の数字を掲げると、その数字を達成するための「歪んだ意思決定」を迫られるからだ。本当はニッチなターゲットを深く攻めるべきフェーズなのに、無理にターゲットを広げてしまい、誰の心にも響かない凡庸なプロダクトが出来上がる。そして数年後、当然のように未達に終わり、「やっぱり新規事業はダメだ」というレッテルを貼られてプロジェクトは解散する。
正直であることは、新規事業担当者の「最後の砦」だ。調査の結果、市場が小さかった。それは失敗ではなく、一つの「発見」であり、貴重なエヴィデンス(証拠)である。事実を捻じ曲げてはいけない。事実を受け入れた上で、そこからどう勝か、どう広げるかを考えるのが、真のプロフェッショナルの仕事だ。
小さな市場を「最初の陣地」に変える戦略的思考
市場が小さい。それは、競合が少ない、あるいは参入障壁が低いというメリットの裏返しでもある。大企業が手を出さないようなニッチな領域こそ、我々が確実に「PMF(Product Market Fit)」を達成し、圧倒的なシェアを握れるチャンスの場所なのだ。
この領域で、まずは徹底的に顧客に愛され、独自のデータと信頼を蓄積する。これを、我々は「ビーチヘッド・マーケット(足掛かりとなる市場)」と呼ぶ。ノルマンディー上陸作戦のように、まずは小さな海岸線を確保し、そこから内陸へと戦線を拡大していく。
社内を説得する際に語るべきは、「今の市場規模」ではない。「この小さな市場を占領することで、次にどの巨大市場へのパスが開けるのか」という、事業の派生と拡張のシナリオだ。Aというニッチで成功すれば、そのノウハウを持ってBという隣接市場へ行ける。さらにCへと広がっていく。その連続的な物語としての「Total Addressable Market(アクセス可能な全市場)」を見せるのだ。
「妄想」を「計画」へと昇華させる勇気を持て
大企業が新規事業に求めるのは、単なる現時点の収益ではない。自社の既存事業が及ばない、新しい「オポチュニティ(機会)」の探索だ。たとえ最初の売上が小さくても、そこに関わったことで得られるアセット、顧客接点、それよりも何より「新規事業を成功させた」という組織的な学習体験には、計り知れない価値がある。
もし、修正した数値が「小さすぎる」と言われたら、こう答えよう。「はい、現時点のこの市場は小さいです。しかし、ここにこそ誰も気づいていないBurning Needs(切実な課題)が隠れています。ここで勝利を収めることは、10年後の我々のメイン事業を創るための、避けて通れない実験なのです」と。
数値を目標とするのは正しい。しかし、数値をむやみに減らす必要もない。将来的に派生する可能性のある領域を含めて「我々はここを目指す」と高らかに宣言すればいい。それは嘘ではない。それは「未来の意志」だ。現状の調査結果という「足元の石」に躓いて、遠くの「星」から目を逸らしてはいけない。
誠実な撤退基準と、強気なビジョンの同居
もちろん、あまりにも市場が消滅していて、どうあがいても「やる意味がない」という結論に達することもあるだろう。その時は、誇りを持って撤退を提案しよう。それも立派な成果だ。無駄な投資を最小限に抑え、リソースを次の可能性に回した功績は、泥沼の失敗を続けるよりも遥かに尊い。
しかし、もしあなたが「それでもこの課題を解決したい」と心から思っているなら、数字ではなく「パッション(情熱)」を武器に戦い続けろ。論理で負けても、情熱で押し切る。それが許されるのが新規事業の世界だ。
「この試算値ですが、これはあくまで現時点のこの断面の数字です。私はその先にある、この派生事業で100億を創る未来を確信しています」。そう言い切れるだけの準備と、顧客への憑依があるだろうか。数字は客観的な事実だが、事業を動かすのは主観的な意志だ。あなたの意志が数字を超えた時、周囲は「小さすぎる」という批判を忘れて、あなたの夢の共犯者になる。
結論:数字の奥にある「手触り感」を共有せよ
市場規模の計算式は、ネットで拾った統計データの掛け算で終わらせてはいけない。あなたが実際に足を運び、顧客の声を聞き、そこで感じた「この人たちは本当に困っている」という手触り感。それが市場の「質」だ。
たとえて市場が10億円しかなくても、その10億円の中に、喉から手が出るほど解決を求めている人がいるなら、そこには事業としての「執念」を燃やす価値がある。
小さく始めて、大きく育てる。ビジネスの基本は常にシンプルだ。社内の評価に怯えて、身の丈に合わない鎧(数字)を纏う必要はない。裸の数字をさらり、その上にあなたの壮大な妄想を被せよう。そのギャップこそが、人を動かし、組織を揺り動かし、ついには市場を創り出す原動力になるのだから。
THE SEEDS 81
イノベーションの種を撒き散らかす手紙。
ピンキーが毎週お届けする、新規事業のヒントと思考実験。
Powered by Substack
