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Visionが複数ある場合、1つに絞るべきか?

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Visionが複数ある場合、1つに絞るべきか?

Q. Visionがいくつも思い浮かんでいます。まだアイデアも定まっておらず、どれに絞るかも決め切れていません。すべて書き出しておくべきでしょうか?それともある程度整理すべきですか?

  • ︎ 複数のビジョンは“迷い”ではなく、“思考の豊かさ”である
  • ︎ まずは全て書き出すことが、構造化の第一歩になる
  • ︎ 最終的に焦点を絞るためにも、“混乱を可視化する勇気”が必要だ

ビジョンが複数あるのは、当たり前である

**ビジョンを描こうとしたとき、「1つに絞れないとダメだ」と感じる人は少なくない。**しかし、それは大きな誤解だ。むしろ、最初からビジョンが1本に絞られていることのほうが、よほど危うい。人の関心や問題意識は、本来もっと複雑で、多面的で、揺れ動くものだからだ。

**たとえば、「高齢者の孤独が気になる」と思う自分と、「食のサステナビリティに惹かれる」自分が同時に存在していてもいい。**それは“迷い”ではなく、“視座の豊かさ”だ。そもそも新規事業は、そうした複数の関心や違和感の“交差点”から生まれることが多い。だから、絞り切れない状態こそが、実はイノベーションの入り口なのだ。

焦って「一番それっぽいもの」に絞ろうとすると、自分でも気づいていなかった深い動機や、潜在的な情熱を削ぎ落としてしまう。 それでは、後になって自分のビジョンに対する納得感が薄れ、事業がブレやすくなる。だからこそ、まずは“取っ散らかったまま”の自分を、肯定してあげてほしい。

書き出すことで、思考が構造に変わる

**複数のビジョンがあるなら、まずはすべて書き出してみること。**それも箇条書きで構わない。ポイントは、「それぞれのビジョンに自分がなぜ惹かれているのか?」という“問い”を添えることだ。

たとえば── ・地方の教育格差をなくしたい → なぜ、教育の話題になると強く反応してしまうのか?
・食品ロスをなくしたい → なぜ、目の前の無駄がこんなにも許せないのか?
・孤独な高齢者を減らしたい → なぜ、孤独という言葉が心に引っかかるのか?

このように、「What」から「Why」へ遡っていくことで、点だったビジョンが、やがて線としてつながっていく。 ここで大切なのは、“問いの形”に変えること。それにより、バラバラだった思考が、自分の中の共通項や価値観を浮かび上がらせてくれる。

つまり、「なぜ自分はこれに惹かれるのか?」 という問いは、すでに“仮説としてのビジョン”の始まりであり、その後の検証や観察、選択の基軸になっていく。問いに変えるという行為自体が、すでに“設計の始まり”なのだ。

“排除”ではなく、“優先順位”をつける

**複数のビジョンを書き出したら、次に必要なのは「捨てること」ではなく、「優先順位をつけること」である。**ビジョンは一つに絞らなければならない──そう思い込んでいる人が多いが、それは大きな思考の罠だ。

**本当に大切なのは、「今はこれにフォーカスする」という選択であって、他のビジョンを捨てることではない。**むしろ、他の関心ごとや問いも大切に“保持”しておくことで、事業の展開や将来的なピボットの可能性が広がる。

たとえば、「今回は教育格差にフォーカスする」と決めつつ、「高齢者の孤独」という関心も持ち続けていれば、将来的に“世代間交流”という文脈で両者が結びつくこともあるかもしれない。 複数のビジョンは競合ではない。むしろ、それらは“未来で統合されうる資産”なのだ。

だからこそ、今この瞬間に“仮置き”するビジョンを選び取るだけでいい。 大事なのは「いったん選ぶ」という態度であって、「捨てる勇気」ではなく「保留する勇気」なのだ。

曝け出された混乱は、共創の起点になる

**新規事業は一人でつくるものではない。**社内外のメンター、同僚、上司、顧客──多くの人との対話の中で、思考が磨かれ、構造が立ち上がっていく。そのとき、整った答えよりも、“曖昧なままの問い”や“思考の混乱”のほうが、対話を生み出す。

**なぜなら、「この人はまだ整理されていないけれど、ちゃんと考えているな」「この人が感じている違和感、自分にもあるかもしれない」と共感が生まれるからだ。**逆に、きれいに整いすぎたビジョンは、対話の余白を奪ってしまう。

思考のプロセスを開示することは、恥ではない。 それは共創の呼び水になる。“正しさ”よりも“試行錯誤の痕跡”のほうが、メンターや上司の心を動かす。だからこそ、混乱したままでも構わない。むしろ、その混乱を言語化し、提出すること自体が、イノベーションの初動である。

「問い」があるかぎり、それはすでにビジョンである

**ビジョンとは、最初から整ったスローガンではない。**問いのかたちをした違和感の延長線上にある、自分なりの未来像である。「なぜ自分はここに引っかかるのか」「なぜ他人よりも反応してしまうのか」──その自問自答の延長が、思考の幹を育てていく。

だから、どれか1つに決まっていなくていい。 最初は全方向に手を伸ばしていい。思考のアウトラインが広がっていれば、いずれは自然に、深く掘れる場所が見えてくる。大切なのは、「この問いが自分にとって意味がある」と自覚すること。その瞬間から、すでにビジョンは生まれている。

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